第72回国立病院総合医学会(5)(2018/11/27)
司会の杉山先生には過分な紹介と講演後にも適切なコメントを頂いた。先生と私との共通点は同じ神経内科医であること、先生も今年の9月まで国立病院機構宇多野病院の院長をされていたことである。私の紹介では以前から筋疾患研究の論文などで知っていたが、途中から在宅医療など社会医学的な研究にシフトして驚いたこと、そして現在は毎朝院内ランを送ってもらっていることなどを紹介してくれた。
約一時間の講演を終えて、自分的にはなんとなくしっくりこない気持ちになっていた。筋ジス患者の死の問題や生きがい、わがまま(患者からすれば自己主張)の分析や対応など、このような会場で話すには難しいテーマであるとあらためて思うことだった。
鹿児島に帰って翌日、佐野先生から「お疲れさまです。神戸の学会では御縁があり、先生と昼食をご一緒させていただきありがとうございます。時間が立つのを忘れてしまいました。土曜日には妹と一緒に先生のご講演を聴かせていただきました。私にとっては、とても心に響くお話しでした。日常診療にも参考になることがちりばめられていましたが、働く事の意味や自分の置かれている場をもう一度振り返る機会となりました。充実した濃い時間でした・・・」と、励ましのメールにちょっと救われた。
また司会をしてくれた杉山先生からは「毎朝のメールや先生の著書を読ませていただいているので、いつもお話を伺っているような気になっていますが、その時にも申しましたようにご講演を拝聴するのは初めてになります。生で先生の語り口で伺う御講演は、やはり格別のものでした。神経難病、特に筋ジス患者さんとの深いかかわりは、まねできるものではありませんが、少しでも近づけるように努めたいと思います。『夜バナ』は、数年前に先輩に教えてもらって読みました。これぞ筋ジス患者さん、というのがよく伝わってきました。この辺りがどのように描かれているか、映画も楽しみです。
聴いていた宇多野病院や南京都病院の看護師(長)、指導員、保母など、重心・筋ジス・神経難病にかかわってきた職種の皆に、大変良かった、感動したと、私がお礼を言われてしまいました。
もっと看護学生に聴いてもらいたかったと思いますが、聴衆には心の深いところに届いた御講演だったと思います。この4月に異動になったある副師長は、新しい環境で悩みを抱えていたようですが、先生のお話を伺って、心が洗われたと申しておりました。
本当にありがとうございました」。
講演会場を出たところで、昔刀根山病院で働いていて現在は宇多野病院の師長をされているという女性からも声をかけられた。「今は筋ジス病棟ではありませんが、あの刀根山の時代に先生にもお会いしたことがあります。先生の講演を聞いてまた筋ジス医療に関わりたいと思いました」と声をかけられた。
ポートライナーに乗って、行きと同じコースで神戸空港から鹿児島空港へと飛び立った。
約一時間の講演を終えて、自分的にはなんとなくしっくりこない気持ちになっていた。筋ジス患者の死の問題や生きがい、わがまま(患者からすれば自己主張)の分析や対応など、このような会場で話すには難しいテーマであるとあらためて思うことだった。
鹿児島に帰って翌日、佐野先生から「お疲れさまです。神戸の学会では御縁があり、先生と昼食をご一緒させていただきありがとうございます。時間が立つのを忘れてしまいました。土曜日には妹と一緒に先生のご講演を聴かせていただきました。私にとっては、とても心に響くお話しでした。日常診療にも参考になることがちりばめられていましたが、働く事の意味や自分の置かれている場をもう一度振り返る機会となりました。充実した濃い時間でした・・・」と、励ましのメールにちょっと救われた。
また司会をしてくれた杉山先生からは「毎朝のメールや先生の著書を読ませていただいているので、いつもお話を伺っているような気になっていますが、その時にも申しましたようにご講演を拝聴するのは初めてになります。生で先生の語り口で伺う御講演は、やはり格別のものでした。神経難病、特に筋ジス患者さんとの深いかかわりは、まねできるものではありませんが、少しでも近づけるように努めたいと思います。『夜バナ』は、数年前に先輩に教えてもらって読みました。これぞ筋ジス患者さん、というのがよく伝わってきました。この辺りがどのように描かれているか、映画も楽しみです。
聴いていた宇多野病院や南京都病院の看護師(長)、指導員、保母など、重心・筋ジス・神経難病にかかわってきた職種の皆に、大変良かった、感動したと、私がお礼を言われてしまいました。
もっと看護学生に聴いてもらいたかったと思いますが、聴衆には心の深いところに届いた御講演だったと思います。この4月に異動になったある副師長は、新しい環境で悩みを抱えていたようですが、先生のお話を伺って、心が洗われたと申しておりました。
本当にありがとうございました」。
講演会場を出たところで、昔刀根山病院で働いていて現在は宇多野病院の師長をされているという女性からも声をかけられた。「今は筋ジス病棟ではありませんが、あの刀根山の時代に先生にもお会いしたことがあります。先生の講演を聞いてまた筋ジス医療に関わりたいと思いました」と声をかけられた。
ポートライナーに乗って、行きと同じコースで神戸空港から鹿児島空港へと飛び立った。
