Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

日本百名山ひと筆書き(中)(2018/11/05) 

田中さん自身が語っておられるが、「自然の中では、人間はとても弱いです。街中では近くの病院に行けばすぐに回復するようなケガが、登山では命取りになることが多々あります。プロジェクト中、自分には“リスク”がかかっているという緊張感は常に持つようにしていました。そして、無用なリスクは避けるために、入念な準備が必要だったんです」。確かに番組を観ていても、用心深い性格であることが随所に見て取れる。   
 出発前に『山と高原地図』にプロジェクトのスタートからゴールまでのルートを記入していった。このルートの記入と検討作業だけでも3ヶ月を要し、さらに山と山の間の道程も、歩きやすいルートをGoogle Map等で確認していったので、準備には最終的に半年近くをかけたという。
 (ここからはNHKのホームページなどを参考にしながら)
 まず新緑に萌える世界遺産・屋久島の宮之浦岳(1936m)への登頂は、海抜ゼロメートルの海から登山口に走る。開聞岳のある薩摩半島の川尻港には大隅海峡の約90キロを、2日(竹島に一泊)かけてシーカヤックで渡る。竹島の子どもたちと遊ぶ様子も撮られていたが、50年ほど前によく訪れていた島だったので懐かしい。種子島までトッピーで渡ることがあるが、大隅海峡は潮の流れが早いことでも有名である。田中氏のタフさ、そして精神的な強さにまず驚かされる。
 開聞岳から錦江湾沿いを走って霧島まで行くわけだが、指宿から鹿児島市を通って歩くだけでも大変である。まず高千穂峰に登る。本当は霧島の縦走を考えていたらしいが、新燃岳の噴火で断念せざるを得なくなったようである。
 大浪の池から韓国岳に登るスピードを見ると凄まじい早さで、常人ではとてもできないことである。どこの山でも、普通のコースタイムの約半分以下で登頂しているが、それが毎日続くわけだから大変である。
 阿蘇や九重の山を登頂すると、関門トンネルを徒歩で歩いて本州に、日本海沿いを500キロの長距離ロード移動。舗装路を9日間かけて歩きとおし、中国地方唯一の百名山・大山に登る。そこから中国山地を縦走し、四国の霊山・石鎚山、剣山を登る。ここまでスタートから1ヶ月である。
 四国から紀伊半島へはカヤックを使い、奈良・大峰山へ。休むことなく北陸へ歩みを進める。北陸では、天気の心配もあり1日のうちに踏破を目指すが、想像以上の雪と風でペースも上がらず。何とか白山から下山した後、南アルプスへと歩を進める。この年の南アルプスは残雪も多く、聖岳・赤石岳・荒川岳・北岳と3000m峰が連なる山塊を、アイゼンとピッケルを駆使しながら一歩一歩慎重に進む。
 南・中央・北アルプス21座の一ヶ月に及ぶ大縦断、北岳の後に残る鳳凰三山、甲斐駒ヶ岳、仙丈ケ岳へ向かうも、関東甲信越の梅雨入り宣言。降り続く雨と残雪に悩まされながらの登山となる。中央アルプスを越え、100座のうちの15座が並ぶ「日本の屋根」北アルプスへ。剱岳から黒部渓谷、後立山連峰の八峰キレットと不帰の劔。数々の難所を抜けて、無事に白馬岳まで歩ききった。