ALSと写真撮影(1)(2018/12/17)
ALSのような難治性の疾患では、患者・家族と長い付き合いとなることが多い。最近では延命治療として人工呼吸器を選択する人が増えて、かつ在宅療養が主流となると、リスクと表裏一体の療養を強いられる。病院のみならず家族で介護している場合には、その担当者にかかる負担は計り知れないものがある。
長年、前院長雑感やさまざまな雑誌にその生き方をナラティブに書いてきたが、振り返ってみると、その出来事が重層的に、経年的にさまざまに交錯していることにびっくりする。
2018年11月28日、ALS協会鹿児島県事務局長の里中さんから「北吉さんの血圧が下がって、状態が悪いようです」との報告があったので、早速奥さんに電話してみた。いつもの朗らかな口調で「今、南九州病院に入院しています。昨日は悪かったのですが、少し血圧も上がって来ています」と落ち着いた口調で言われる。慌てた様子はない。「恒例のALS協会のアーモンドコンサートには来れないでしょうね」と私が訊ねると、「とてもとても・・・」と笑い声を交えて答える。「そしたら来年のカレンダーの写真撮り、私が病院に出かけないとならんですね」と言うことになった。思っていなかった展開である。
本棚の上に置いていた、過去のカレンダーを取り出してみる。
2006年(トラが優勝した翌年)の始まりで2017年まで、毎年欠かさず撮ってきている。ニッセイの知り合いの方が、撮った写真の周りに12か月分の暦を配置して、毎年同じスタイルのカレンダーに仕上げてくれているそうである。いつも北吉さんを真ん中にして奥さん、私、最初の3年ほどは娘さんやその時々の関わりのあるヘルパーさんも参加している。みな思い思いの阪神グッヅに身を固めて、メガホンを持って写っている。昨年(2017年度分)は、私が横川町の自宅を訪問して3人で写っている。12枚の写真を並べてみると、北吉さんの状態が年を追うごとに進行して少しずつ悪くなっていること、そして私を含めてそれぞれに歳を重ねていることがよく分る。
12月1日、土曜日の午後、日常の健診を済ませたのち、病院の近くのtabiraでお土産のお菓子を買って車で加治木の南九州病院に向かった。南九州病院の玄関前は重心や筋ジス病棟が取り壊されて駐車場になったので、私がいたころより広々としている。懐かしい長い廊下を歩いて4病棟に入ると、一番手前の一人部屋に北吉は入院していた。天井を向いたまま臥床の状態で、目も開けていない。呼びかけてもほとんど表情は変わらない。奥さんが用意してくれていた阪神のユニフォームなど着たり、鉢巻もしめて準備万端となる。看護師さんに写真を撮ってもらう。「これが最後の写真撮りにならなければいいのだがなあ」と思いながら病院を後にした。
長年、前院長雑感やさまざまな雑誌にその生き方をナラティブに書いてきたが、振り返ってみると、その出来事が重層的に、経年的にさまざまに交錯していることにびっくりする。
2018年11月28日、ALS協会鹿児島県事務局長の里中さんから「北吉さんの血圧が下がって、状態が悪いようです」との報告があったので、早速奥さんに電話してみた。いつもの朗らかな口調で「今、南九州病院に入院しています。昨日は悪かったのですが、少し血圧も上がって来ています」と落ち着いた口調で言われる。慌てた様子はない。「恒例のALS協会のアーモンドコンサートには来れないでしょうね」と私が訊ねると、「とてもとても・・・」と笑い声を交えて答える。「そしたら来年のカレンダーの写真撮り、私が病院に出かけないとならんですね」と言うことになった。思っていなかった展開である。
本棚の上に置いていた、過去のカレンダーを取り出してみる。
2006年(トラが優勝した翌年)の始まりで2017年まで、毎年欠かさず撮ってきている。ニッセイの知り合いの方が、撮った写真の周りに12か月分の暦を配置して、毎年同じスタイルのカレンダーに仕上げてくれているそうである。いつも北吉さんを真ん中にして奥さん、私、最初の3年ほどは娘さんやその時々の関わりのあるヘルパーさんも参加している。みな思い思いの阪神グッヅに身を固めて、メガホンを持って写っている。昨年(2017年度分)は、私が横川町の自宅を訪問して3人で写っている。12枚の写真を並べてみると、北吉さんの状態が年を追うごとに進行して少しずつ悪くなっていること、そして私を含めてそれぞれに歳を重ねていることがよく分る。
12月1日、土曜日の午後、日常の健診を済ませたのち、病院の近くのtabiraでお土産のお菓子を買って車で加治木の南九州病院に向かった。南九州病院の玄関前は重心や筋ジス病棟が取り壊されて駐車場になったので、私がいたころより広々としている。懐かしい長い廊下を歩いて4病棟に入ると、一番手前の一人部屋に北吉は入院していた。天井を向いたまま臥床の状態で、目も開けていない。呼びかけてもほとんど表情は変わらない。奥さんが用意してくれていた阪神のユニフォームなど着たり、鉢巻もしめて準備万端となる。看護師さんに写真を撮ってもらう。「これが最後の写真撮りにならなければいいのだがなあ」と思いながら病院を後にした。
