日本難病医療ネットワーク学会(5)(2018/12/10)
先生は島根県立松江北高校の出身で、信州大学を卒業後に新潟大学腦研で臨床や基礎の研究をされている。その後、新潟大学神経内科や東京医科歯科大学で助教授を、その後は国立精神神経センター国府台病院の部長をされ現在の病院に移られている。その間、20数年にわたって、患者会や臨床心理士とともに「ALS医療相談室」を開かれている。
まず観光地としても有名な津和野について紹介された。この地からは、哲学や心理学という言葉を生んだ哲学者の西周や軍医で文豪の森鷗外、そして新潟大学に日本初の脳神経外科を設立した脳外科医で俳人の中田瑞穂先生が生まれていることを紹介された。この小さな町に、このような傑出した偉人が生まれるということは不思議な気がする(もう一人、津和野生まれの偉人を紹介されたかと思うが忘れてしまった)。
先生はまず恩師であった椿忠雄教授の「ALSは治る」という言葉を紹介して、現在はさまざまな研究からALSの本体に迫りつつあり、いつか解決されるだろうという見通しを理路整然と語られた。
そのあと、脳ネットワーク病として見方からALSについて言及された。特に「パッション、意欲」と、その反対のapathyについての考察は先生独特の考え方と言える。
脳の機能的3大ネットワークをsalience network(SN)、central executive network(CEN)、default mode network(DMN)という。DMNの主要hubは後部帯状回(PCC)、楔状束そして前頭前野腹内側部である。ALSではDMNに機能低下がみられる。・・・・
湯浅先生の講演を聞いたのち、新幹線で新山口駅に向かった。岡山と新山口間は一時間20分である。改札口には孫の芽生ちゃんと隼生君が待ってくれていた。迎える時と同じように、おじいちゃん冥利に尽きる瞬間である。
その夜は娘たちと一緒に、しゃぶしゃぶを食べて、私はスーパーホテルに泊まった。このホテルも朝食はサービスなのだが、この朝は開始の10分前に降りて行ったら、テニス部の高校生が何十人も並んでいて閉口した。
日曜日は婿の憲一君の運転する車で、下関市長府にある功山寺に向かった。曹洞宗のお寺で長府毛利家の菩提寺だという。仏殿は善福院釈迦堂とともに鎌倉時代の禅宗様建築を代表するもので国宝に指定されている。ちょうど紅葉も見ごろの季節で、名刹にふさわしい彩を添えていた。またこのお寺は文久3年(1863年)、七卿落ちで京を逃れた7名の公卿のうち5名が滞在している。境内には高杉晋作の馬上姿の銅像もある。この寺で挙兵した(回天義挙)のだという。
鹿児島は明治初期の廃仏毀釈のために大きなお寺が取り壊されたので、残念なことにこのような歴史的な仏閣は残っていない。
ここから車で15分、下関市の「唐戸市場(からといちば)」である。関門海峡に面した波止場では多くの観光客が市場で買った寿司を頬張っていた。いずこも同じで、中国人観光客が多いようである。
お目当ては唐戸市場内2階にある回転寿司店である。10時半から予約開始ということで運よく記帳できて、11時からボックス席で美味しく新鮮な寿司を心置きなく食べることができた。
そのまま車で新下関駅まで送ってもらい、こだまから小倉でさくらに乗り換えて鹿児島中央駅に向かった。
まず観光地としても有名な津和野について紹介された。この地からは、哲学や心理学という言葉を生んだ哲学者の西周や軍医で文豪の森鷗外、そして新潟大学に日本初の脳神経外科を設立した脳外科医で俳人の中田瑞穂先生が生まれていることを紹介された。この小さな町に、このような傑出した偉人が生まれるということは不思議な気がする(もう一人、津和野生まれの偉人を紹介されたかと思うが忘れてしまった)。
先生はまず恩師であった椿忠雄教授の「ALSは治る」という言葉を紹介して、現在はさまざまな研究からALSの本体に迫りつつあり、いつか解決されるだろうという見通しを理路整然と語られた。
そのあと、脳ネットワーク病として見方からALSについて言及された。特に「パッション、意欲」と、その反対のapathyについての考察は先生独特の考え方と言える。
脳の機能的3大ネットワークをsalience network(SN)、central executive network(CEN)、default mode network(DMN)という。DMNの主要hubは後部帯状回(PCC)、楔状束そして前頭前野腹内側部である。ALSではDMNに機能低下がみられる。・・・・
湯浅先生の講演を聞いたのち、新幹線で新山口駅に向かった。岡山と新山口間は一時間20分である。改札口には孫の芽生ちゃんと隼生君が待ってくれていた。迎える時と同じように、おじいちゃん冥利に尽きる瞬間である。
その夜は娘たちと一緒に、しゃぶしゃぶを食べて、私はスーパーホテルに泊まった。このホテルも朝食はサービスなのだが、この朝は開始の10分前に降りて行ったら、テニス部の高校生が何十人も並んでいて閉口した。
日曜日は婿の憲一君の運転する車で、下関市長府にある功山寺に向かった。曹洞宗のお寺で長府毛利家の菩提寺だという。仏殿は善福院釈迦堂とともに鎌倉時代の禅宗様建築を代表するもので国宝に指定されている。ちょうど紅葉も見ごろの季節で、名刹にふさわしい彩を添えていた。またこのお寺は文久3年(1863年)、七卿落ちで京を逃れた7名の公卿のうち5名が滞在している。境内には高杉晋作の馬上姿の銅像もある。この寺で挙兵した(回天義挙)のだという。
鹿児島は明治初期の廃仏毀釈のために大きなお寺が取り壊されたので、残念なことにこのような歴史的な仏閣は残っていない。
ここから車で15分、下関市の「唐戸市場(からといちば)」である。関門海峡に面した波止場では多くの観光客が市場で買った寿司を頬張っていた。いずこも同じで、中国人観光客が多いようである。
お目当ては唐戸市場内2階にある回転寿司店である。10時半から予約開始ということで運よく記帳できて、11時からボックス席で美味しく新鮮な寿司を心置きなく食べることができた。
そのまま車で新下関駅まで送ってもらい、こだまから小倉でさくらに乗り換えて鹿児島中央駅に向かった。
