Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

日本難病医療ネットワーク学会(1)(2018/12/04) 

11月16,17日の両日、岡山市のコンベンションセンターで「日本難病医療ネットワーク学会」が開催されることになり、16日の朝の新幹線で岡山に向かった。この学会は私が4年前に、鹿児島県交流センターで学会長を務めた思い出深い学会であり、また何度か講演もさせてもらったことがある。
 朝いつものように歩いて病院に行って、いつものような日課を済ませて、桜島桟橋通りまで歩いて8時過ぎの市電に乗った。この日は鹿児島でも朝の温度は10度を切っており、ちょっと肌寒く感じた。これから向かう岡山や山口はもう少し寒いだろうと思うと、もう少し厚着にしておけばよかったかなと後悔する。
 鹿児島中央駅で降りて、新幹線チケットを購入(ジパング倶楽部に加入しているので、うれしいことに3割引きになっている)する。土曜日の夕方に山口の娘の所に立ち寄る予定にしていたので、館内の売店に立ち寄り、芽生ちゃんと隼生君に「じゃがほっこり」のお土産を買う。
 9時6分発のさくら546号に乗車、広島駅近くの線路の安全確認のために7分遅れの12時42分に岡山駅に到着した。東口を出て簡単な昼食を済ませた後、宿泊予定のワシントンホテルプラザに荷物を預けて会場に向かった。ホテルと会場は駅を挟んで東西の位置にあるようで、このコンベンションセンターは駅に直結しており利便性は高い。
 今回の学会長は岡山大学神経内科教授の阿部康二先生である。受付を済ませた後、13時35分からの特別講演、「ルターのリンゴの木」を聴講した。ルーテル学院大学の江口再起先生(1947年、佐賀県生まれだという)という神学者によるものだったが、このような講演は私には新鮮で非常に面白かった。
 ルターといえば中世の宗教改革者として有名であるが、「たとえ明日世界が終わるとしても、それでも今日私はリンゴの木を植える」という言葉も、真偽のほどははっきりしないということだが、一応ルターの言葉として残っている。この言葉は、戦後の荒廃したドイツ国民の心の支えとなり、3:11の大震災後の日本でも人々の心をいやした言葉であるという。
 昨年(2017年)はルターの宗教改革が始まって、500年だったそうである。あの中世の時代はペストなどが人々を苦しめた死と不安の時代で、ルター自身も後半生は多くの病気を抱え、また13歳の娘の死も経験して、生老病死に関する多くの考察を行っている。ルターは宗教改革者であると同時に、貧しき人、困難に直面している人、病気の人、死にゆく人に身近に接していた牧師だったようである。