Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

シニアなるほどゼミナール2019(後)(2019/05/29) 

さて14時半から私の出番である。
        会場は階段席の前に予備の椅子を置いて、満席である。眺めまわすと、ほぼ私と時代を共有してきたような方々ばかりで、このような時には話しやすい。
        落語の世界では本題となる演目の前の小話を「マクラ」というそうですが、そこで私も「誤嚥とご縁」という話から始めたいと思います。
        人生を重ねてきますと「ご縁を大切に」という意味の大切さがよく分ってきます。食べ物を誤って飲み込まないように、誤嚥しないことが大切ですが、ご縁の方はもっと大切だと思います。お忙しいなか、ここに来て下さっている方々の多くは、私と何らかのご縁のある方が多いのではないかと思っております。実は朝、落語をしておられた春風亭柳若さんのお父さんは創設計事務所の所長さんですが、20年ほど前に義父の病院を設計していただいた溝口さんの息子さんだということでびっくりしました。
さて今日のお話の表題を「自分らしさ 貫こう~健康長寿と人生会議~」というものにしました。一見、両者は関係のないものに見えますが、健康法も、また自分が大きな病気を抱えて人生の幕を閉じるようなことになった時、どこで、どのような死に方を望んでいるかという人生会議も、正解というものはないわけで、自分で考えて自分らしさを貫いた方がいいのではないかということで、このようなタイトルにしたわけです。
        最初のスライドですが、のっけからびっくりするようなものです。昭和38年のある朝の「城西中学全校朝礼」です。何と3600人が整列して中村盛之助校長の訓話を聞いています。あの時代から半世紀以上経って、この3600人が一人残らず75歳の後期高齢者を迎える時が目前に迫ってきました。「病院には入院できず、特養も満杯、そしてお墓も・・・」という悲惨な出来事が予想されています。そんな時代、私たちは「自分の健康・逝く末は自分で考えるほかはない」という結論になってしまいます。
        「人生100年時代がやって来る」と言われています。にわかに信じられないのですが、英国人のリンダ・グラットン教授によれば、2007年に日本で生まれた子供が104歳まで生きる確率は50%もあるそうです。ただその時に、認知症に対する特効薬でも開発されていなければ、悲惨な社会だとも考えられます。道元の「いたずらに百歳いけらんは、うらむべき日月なり」になりかねません。
        前置きが長くなりましたが、今日の話の順序を次のように考えました。
1)ひとりの人生には一つの物語がある。
2)社会は人と人の繋がりでできている。ご縁とお互いさまの世界である。
3)世の中にはいろいろな考え方があり、それぞれが支え合っている。
4)自分の体は自分の力で管理する。標準体重⇒健康長寿
5)自分の人生は自分で決定する。自己決定⇒人生会議
まあ、こんな調子で話を進めたが、多くのシニアが頷きながら耳を傾けてくれていた。
        自分の健康は自分でまもらなければならない、そのためにはがんの早期発見と生活習慣病対策が大切である。「早期発見にはペットの活用を」と話したので、斉藤君の話では早速6人の方が予約してくれたそうである。
        翌朝の南日本新聞には記者の中咲さんが「人生の終わりは誰にでも訪れる。だからこそ、延命治療も含めてどんな医療を、どこでどこまで受けたいか、家族や医師と話し合っておいてほしい。」と書いてくれていた。また私信のメールでは「先日は講演をありがとうございました。終わった後、何人かのお客さんと話をしたのですが、久々に腹を抱えて笑ったなどと大好評でした。人を引き込む話術がすごいなと、自分も取材を忘れて聞いていたところでした」。
どうにか責任を果たせたようである。