Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

去りゆく方々に(2019/03/29) 

年度でいうと、明日、明後日は土、日となるので、今日は実質的には平成年度での最後の前院長雑感となる。今月で南風病院を辞める人もいる。長短に関わらず、「ご苦労さんでした」という言葉を贈りたい。先日の県難病相談・支援センターの送別会では「月並みな言葉になりますが、『至る所青山あり』という言葉もありますように、今後も与えられた環境で元気で精一杯頑張ってください」と挨拶した。
         「この時期になると、南九州病院でも似たような送別の言葉を贈っていたな」と思ってネットで検索すると、次なようなものが見つかった。平成18年の3月のことのようである。
        「隣の芝生は青く見える」というタイトルになっている。
         昨日の団体交渉、お互いに紳士的に交渉が行われ、決められた時間内で一定の合意を得ることができた。関係者の皆さん、ご苦労さん。
         あえて院長としての立場でちょっと残念に思ったのは、「当院は忙しくて、何も他のこともできず、悲惨極まりない状況で働かされている。若い人が夢や希望を失って辞めていく」という発言だった。
        本当にそうなんだろうか。確かに昔と比較すると、医師も看護師も、また他の職種も、書類書きが多くなり雑用に追われている。そのため患者さんと接する時間は少なくなっているのは事実である。でもこのことは当院に限ったことではなく、おそらく日本のどこの病院でも抱えている悩みの種で、相対的な比較で言うならば、私は当院など恵まれた部類にはいるのではないかとも思うのである。看護師の数が少ないと言うけれど、人件費率、看護師数を他の病院と比較すればいい。
         「井の中の蛙」という言葉がある。いろいろな病院を回ることの多い職種の中には、「南九州病院で働きたい」という人も多い。世の中、そんなにユートピアがあるわけではなく、隣の芝生は青くみえると言うこともあるのではないだろうか。是非一度、南九州病院を飛び出して武者修行に出て、外から病院をみることも一考すべき時代なのかも知れない。
         そして、翌年の「異動の季節」には次のように書かれている。今も昔も変わりはない。
         この3月は、思いがけず多くの医師が異動することになった。公的病院での勤務医の就業の困難さが、いろいろな視点からいわれている折、先生方には数年間(長い先生には8年近く)当院の発展に尽くされた功績に、心から感謝の気持ちを申し上げたい。
         松田先生には、古い手術室から現在の手術室が新築されるにあたって、設計の段階から関与していただいた。また当初は一人で300件近くの麻酔をこなしていたわけで、不平一ついわれず淡々と仕事されたのは先生ならではのことだと思っている。大きな事故もなく手術ができたのも、先生の力による部分が大きい。また救急救命士の資格の取得にも、お世話いただいた。
         堀之口先生は、大阪の国立循環器病センターから赴任していただいたが、松田先生との息の合ったコンビで、手術棟のスムースな運営に寄与していただいた。また機能評価の受審の時には図書の整理をお願いしたが、面倒な仕事をそつなくこなしてくれて感謝している。・・・・
 私の場合でいえば、この病院に長く居ついたことにより、結果的には転勤の機会は少なかった。小学5年の時に父の転勤で鹿児島市に転居し、卒業して研修医の時に5ヶ月ほど宮崎市に、その後入局してからは鹿児島市立病院に一年、東京都立府中病院に2年近く、アメリカでの3年がその全てといえる。
カルチャーショックを受けた所といえば、東京とアメリカということになる。東京では生まれて初めて家族と離れての単身生活となり、食事や洗濯など初めての経験だった。また病院の上司や同僚は、全て他大学出身者であったが、生涯の多くの友だちや恩師を得ることもできた。アメリカでは言葉、生活スタイルとも一変したが、人種は違えども同じ人間であり、基本的にはやることなすこと考えること、変わるものではないと実感できた。
         私自身はもともと、人や環境に馴染みやすい性格ではないと思っていたが、東京でも米国でも言葉以外はさほど苦労なく溶け込むことができた。「いたるところ青山あり」と「郷に入りては郷に従え」という諺があるが、この二つの諺は最も相応しい、はなむけの言葉だと思っている。新たな環境で、自分にできる可能性を、前向きに捉えた方がいいに決まっている。
         去り行く方々、新しい職場で、健康に留意されながら頑張って欲しい。そして時には、楽しい便りもお願いしたい。またいつかどこかで、お会いしたいものだ。(終)
         現在南風病院で一緒に仕事をしている松田先生(そして故堀之口先生)のことも触れている。人間、どこかでまた一緒になる時がある。人生、長い間にはいろいろなことがある。