Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

新年度が始まった(2019/04/01) 

新年度が始まった。今日4月1日の正午前に新しい元号の発表があるそうだが、この世紀、どのような時代が待っているのか想像もできない。戦争のない平穏な、普通の生活者が尊ばれる時代であってほしいと思う。
 T.S.エリオットの詩「荒地」は「四月はいちばん残酷な月だ」で始まる。私自身も若いころはよくこの言葉に酔いしれていた時期があったが最近はすっかり忘れていた。ところが最近またどういう訳か思い出している。
 人生を振り返る時、普通が一番だと思う。昔自著を寄贈するとき「普通が一番」と書いていた。普通の生活を地道に積み重ねることが、結果的には回りの信頼もかちえてくる。一度失った信頼を取り戻すのは大変である。
NHKプロフェショナルで、鎌倉投信の新井さんの言葉が印象に残っている。
1)どこまでも謙虚に
2) 誰よりも強く想い
3)日々の小さな努力を積み重ねる
というものだった。「謙虚に小さな努力を積み重ねる」ことは、やさしそうで難しい。
 また、過去の新年度の言葉をネットで拾ってみた。私が最近の講演でもよく使っている「3年」と「人材」の話を再録する。
平成17年度新採用者研修でトップバッターを任され、「石の上にも3年、がむしゃらに3年、喜びに感じて3年」というタイトルで話をした。
「石の上にも3年」の真意は、「入職後少なくとも3年間は辞めないで欲しい」という率直な願いである。ある新聞報道によると、新人看護師で入職後1年以内に辞める人が12人に一人とか。フリーターの急増という昨今の風潮に影響を受けたわけでもないだろうが、3年間(4年間の人もいる)の厳しい実習や国家試験に合格して就職できた訳で、一年足らずで辞めるとはいかにももったいない気がする。どの仕事にもいえることだと思うが、技術的な習得は少なくとも3年間は辛抱しないと身につかない。逆な言い方をすれば3年間働けばある程度一人前になれる訳で、結婚などで中断があっても復職しようと思ったとき比較的スムースに職場復帰できるということである。隣の芝生はいつも青く見えるものである。
 また「がむしゃらに3年」とは、若い時にはがむしゃらに仕事に打ち込んでほしいということである。職場に入れば、当初抱いていたイメージとは異なることに不満を抱いたり、対人関係で悩んだり、気にそぐわないことも多いだろう。ただそれを人のせいにしたり、社会のせいにするだけでは、その人にとっても個人的な成長は望めまい。昔から「若いときの苦労は買ってでよ」とも言われている。
「喜びに感じて3年」とは、働くことに喜びや生きがいを感じて欲しい。健康で仕事のできる喜び、患者さんに信頼され「ありがとう」と言っていただける喜びをこの3年間の間に得て欲しい。
目まぐるしく変わっていくこの時代、一人一人の価値がかってないほど重要になってきている。組織を生かすも殺すも、「ジンザイ」次第といえる。最近の講演の中で、清水義昭氏の「ジンザイ」というスライドをよく使わせてもらっている。横軸が機能的・専門的(スキル)で、縦軸が情熱・やる気(マインド)、双方が揃った人がまさしく「人財」、双方とも欠ける人は「人罪」と手厳しい。そしてマインドはあるがスキルがない人は「人材」、スキルはあるがマインドがない人は、ただいるだけの「人在」となる。せめてマインドだけは人に負けない人材になって欲しい。