Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

赤ひげ大賞(2019/03/28) 

若林さん(新潟市在住で元ALS協会事務局長)から、堀川先生が「赤ひげ大賞」を受賞されたという嬉しいメールが届いた。概略、下記のような内容のメールで、産経新聞の「紹介記事」も添付されていた。
・・・産経新聞がバックアップしているので、3月15日授賞式の日の同新聞には大きく出ていましたが、新潟日報は地元の新聞でも小さな扱いで知らない人も結構いました。地域医療に尽力している赤ひげ先生的医師を年に5名表彰し、女性では3人目とのこと。様々な賞を頂いている先生には、今更ではあるかもしれませんが、一応私たちお仲間に配った資料を添付します。・・・先生は春は鬱っぽくなると言うことでしたが、堀川先生は美智子様みたいに美しく輝いておられます。パワーを貰って下さいませ・・・。
         添付されていた産経新聞には「難病患者とともに陳情する行動派」というタイトルで、「患者の話をよく聞き、診察する堀川医師」という説明文つきで、外来診察中の写真の一コマもある。
        「自分が生まれ育った地域に尽くしたい」と決意し、約20年前に新潟市内に内科・神経内科の医院を開設。訪問看護ステーション、在宅介護支援センターを併設し、治療困難で生活障害の重い神経難病患者の在宅ケアに力を注ぐ。・・・
「患者がきれいにいられない姿を見て切ない思いをした」。現場主義を貫き、地域の医師と保健師、ヘルパーが共同して在宅医療を提供するシステムを構築。日本ALS協会新潟県支部を立ち上げ、新潟市に医療・保健・福祉・行政が一体となった協議体の設立を促した。社会的弱者の難病患者と家族のニーズを引き出し、政策提言を続けた。・・・
 「人と付き合うことが好きだったからやってこれた」。女学生のような笑みで約50年に及ぶ医師生活を振り返った。(終)
         若林さんが堀川先生のことを「美智子皇后のように気品があり、たおやかでいつも美しく輝いておられます」と評されているが、いつお会いしてももの静かで、それでいて芯は強く溢れるような情熱の持ち主でもあることがよくわかる。
まさにこの紹介の記事の通りであるが、歩んできた道のりは不思議と私の医師人生と重なる部分も多い。
メールをくれた若林さんと親しくなるきっかけも堀川先生である。30年ほど前に、「難病のケア・システム研究班会議」が永田町の全共連ビルで開催されたが、この時に堀川先生が若林さんを紹介してくれたのである。その縁で、新潟には何度か訪問し、その時に堀川医院を訪問したこともあった。
         また難病を通した交遊も、難病のケアシステム研究班やALSなどを通してずっと続いてきた。難病の在宅ケア、多職種連携による事例検討会や研究会、ヘルパーによる吸引など私が厚労省の難病対策委員会などで国の政策として推進するときに参考にさせてもらったことも多い。 
         また新潟水俣病とスモンの原因を特定した椿教授の薫陶を受けられたが、私の場合の井形先生と全く同じ図式である。
        先生からは折に触れメールをいただいていた。
        私も今日遅く帰ってきて、家の前の道で、東の空にたかくかかるスーパームーンの立ち待ちの月を見ました。大きくてとても綺麗でした。はっと気がついたのですが、先生は早起きなので西の空に月を見られるのですね。
東の野にかぎろいの立つ見えて返り見すれば月傾きぬ なのだなあと、改めて発見しました。
         この時に、先生は万葉集にもお詳しいことを知った。
このような先達を持てたことは、私たち後輩には幸運であり、ありがたい存在である。でもなかなか後を追いかけられない。