大震災からこの一月(後)(2019/03/14)
※こちらは過去分からの再録となります。
私の10代から20代の青春時代はいわゆる「岩波少年」で、岩波書店から発刊される書籍には毎月目を通し、そしてどういうわけか理由なく崇拝していた。岩波は他の出版社より、格式が数段高いと考えていた節がある。なかでも、寺田寅彦と和辻哲郎の著作は、意味もよくわからないまま、読んだものである。
さて寺田寅彦は東大教授で物理学者であるが随筆家でもあり、夏目漱石の友だちだった。そのため『吾輩は猫である』の水島寒月や『三四郎』の野々宮宗八のモデルともいわれた。ただ昭和10年に亡くなられているので、私とは時代は共有していない。
一方の和辻哲郎は東大教授で哲学者で、昭和35年に亡くなられているのでいくらか時代を共有している。『古寺巡礼』や『風土』などの著作で有名である。
今回の大震災を契機に、寺田寅彦の遺した記述がよく話題になっているが、宗教学者の山折哲雄は、和辻哲郎との比較でこの問題を論じている(2011年4月10日、南日本新聞)。
山折によると、二人は西欧と比較して日本の「風土」の特質を、数千年という長い単位で明らかにしようとした点で共通点があるという。ところが今回のような自然の猛威に対する捉え方では、大きな相違もある。
寺田は文明が進めば進むほど災害は激烈の度を増し、日本は西欧に比し地震、津波、台風の脅威は大きく、そのため科学は自然に対する反逆を断念し、自然に順応するための経験的知識を蓄積していくことで形成された。そこから日本人は、仏教の無常観に通じるものを見いだしていた。
一方和辻は西欧の「牧場」的風土に対して、日本の「モンスーン(台風)」的風土を対比させている。その特徴は熱帯的・寒帯的(大雨と大雪)という二重性格と季節的・突発的(感情の持久と激変)の二重性に規定される(不思議なことに、寺田と異なり地震にはあえて触れていない。関東大震災を経験していたのに)。そこからモンスーン的、台風的風土における日本人の受容的、忍従的な生活態度が生み出されたとする。和辻のいう「しめやかな激情」「戦闘的な恬淡(てんたん)」という逆説的な国民的性格を持つようになったのも、台風的風土の二重性に根本的な原因があるという。
また和辻がその感情の二重性格をもとに、仏教における煩悩即菩提(迷いはすなわち悟り)という逆説的な思想も生み出されたという。そしてその対立を解決する規範として、「慈悲の道徳」も形成された。
ところが相反するように見える二人の考え方には、共通の視点も内包されている。すなわち西欧の科学が自然に対して攻撃的、征服的であったのに対して、日本の科学的認識は受容的で、対症療法的であったことだ。
文字通り亀裂の入った日本列島をこれからどのように立て直し、復興させていくかを考える時、寺田と和辻の分析にも目を配しつつ考えて行かなくてはならない課題だと結んでいる。
(ここからは私の感想)ただいえることは、最近の少し傲慢になった日本人はこのような先人の知恵に学ばなかったのではないか。地震大国にも拘わらず、自信過剰になり列島の至る所に原発を設置してしまった。今回のような大津波は「想定外」といえなくもないが、和辻的な災害を越えて寺田的大災害に遭遇したことになる。
私の10代から20代の青春時代はいわゆる「岩波少年」で、岩波書店から発刊される書籍には毎月目を通し、そしてどういうわけか理由なく崇拝していた。岩波は他の出版社より、格式が数段高いと考えていた節がある。なかでも、寺田寅彦と和辻哲郎の著作は、意味もよくわからないまま、読んだものである。
さて寺田寅彦は東大教授で物理学者であるが随筆家でもあり、夏目漱石の友だちだった。そのため『吾輩は猫である』の水島寒月や『三四郎』の野々宮宗八のモデルともいわれた。ただ昭和10年に亡くなられているので、私とは時代は共有していない。
一方の和辻哲郎は東大教授で哲学者で、昭和35年に亡くなられているのでいくらか時代を共有している。『古寺巡礼』や『風土』などの著作で有名である。
今回の大震災を契機に、寺田寅彦の遺した記述がよく話題になっているが、宗教学者の山折哲雄は、和辻哲郎との比較でこの問題を論じている(2011年4月10日、南日本新聞)。
山折によると、二人は西欧と比較して日本の「風土」の特質を、数千年という長い単位で明らかにしようとした点で共通点があるという。ところが今回のような自然の猛威に対する捉え方では、大きな相違もある。
寺田は文明が進めば進むほど災害は激烈の度を増し、日本は西欧に比し地震、津波、台風の脅威は大きく、そのため科学は自然に対する反逆を断念し、自然に順応するための経験的知識を蓄積していくことで形成された。そこから日本人は、仏教の無常観に通じるものを見いだしていた。
一方和辻は西欧の「牧場」的風土に対して、日本の「モンスーン(台風)」的風土を対比させている。その特徴は熱帯的・寒帯的(大雨と大雪)という二重性格と季節的・突発的(感情の持久と激変)の二重性に規定される(不思議なことに、寺田と異なり地震にはあえて触れていない。関東大震災を経験していたのに)。そこからモンスーン的、台風的風土における日本人の受容的、忍従的な生活態度が生み出されたとする。和辻のいう「しめやかな激情」「戦闘的な恬淡(てんたん)」という逆説的な国民的性格を持つようになったのも、台風的風土の二重性に根本的な原因があるという。
また和辻がその感情の二重性格をもとに、仏教における煩悩即菩提(迷いはすなわち悟り)という逆説的な思想も生み出されたという。そしてその対立を解決する規範として、「慈悲の道徳」も形成された。
ところが相反するように見える二人の考え方には、共通の視点も内包されている。すなわち西欧の科学が自然に対して攻撃的、征服的であったのに対して、日本の科学的認識は受容的で、対症療法的であったことだ。
文字通り亀裂の入った日本列島をこれからどのように立て直し、復興させていくかを考える時、寺田と和辻の分析にも目を配しつつ考えて行かなくてはならない課題だと結んでいる。
(ここからは私の感想)ただいえることは、最近の少し傲慢になった日本人はこのような先人の知恵に学ばなかったのではないか。地震大国にも拘わらず、自信過剰になり列島の至る所に原発を設置してしまった。今回のような大津波は「想定外」といえなくもないが、和辻的な災害を越えて寺田的大災害に遭遇したことになる。
