Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

大震災からこの一月(中)(2019/03/13) 

※こちらは過去分からの再録となります。
         今回の震災後、日経新聞の文化欄には、さまざまな識者が随想を寄せたり、編集委員の質問に答えている。思いつくだけでも山下一史さん(音楽の出番を待つ)、山折哲雄さん(自然の猛威をまえにして)、藤本義一さん(一人の友を無言で語る)、阿刀田高(新しい生き方を求めて)、石山修武(世界一の港町)、伊集院静(再生への術人のつながり)、岡井隆(大震災後に一歌人の思ったこと)などで、被災地と何らかの関わりを持つ人ばかりである。いずれも飾ることなく自分の気持ちを率直に表現しており、納得と胸を打つものが多い。
         とりわけ私の心に強く残ったのは、阿刀田さんと伊集院さんの文章である。
         阿刀田さんは両親が共に仙台市の出身で、現在日本ペンクラブ会長の責にある。「言葉がむなしい」で始まり、「・・・多少の志があっても、目下のところ、ましな援助はなにひとつできない。だがあえていえば、私と似たり寄ったりの立場や心境の人は全国にたくさんいるにちがいない。せめて今の志をいつまでも長く保ち続けること、それが人としての甲斐性だろう。・・・死者に対してはひたすらの哀悼を捧げること、くやしいけれどそれよりほかになにもない。どう悼んでみても畢竟、生きとし生けるものの悲しさにたどりつくばかりだ。・・・だがもうひとつ、たがいに助け合う心は、だれにとっても肝要な論理であるが、合理の尊重も大切だ。救援活動であれ今後の対策であれ、冷静に、合理的に対処することを心がけなければなるまい。・・・そして、その背後にあるのは、人はどう生きればよいか、という命題だ。ここ数十年、私たちは物の豊かさを求めすぎたのではあるまいか。貧しくとも心の豊かな生活はありうる。もともとこの国は貧しかったのだ。貧しいからこそ”読み書き算盤”を旨として知力を高め、世界第一の識字率を誇るようにもなった。文化の面でも俳句や短歌など筆一本紙一枚で心の豊かさを培う文学を広めて高めた。・・・私たちは簡素であることを尊ぶ伝統がある」
         伊集院さんは仙台市内の自宅で執筆中に被災した。「傷ついた社会の再生には人と人とがつながるしかない」と訴える。「・・・作家の中にはもう書けないという人が出てくるかもしれない。そうした人は、今までの作品で本当の絶望をのぞいていなかったのではないだろうか・・・さらに買い占めが起きていると報じられている。自分さえよければいいという行動を見ると、想像以上に社会が虚無化していると感じる。自粛するというわけではなく、基本的に質素な生活にどう変えていくかが問われている。宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の精神が必要だ」「絶望を乗り越えるための他者とのつながりに必要なのは、無条件の敬愛だ。誰しも居場所がない、生きていていいのかといった思いに襲われることはあるだろう。そんなときには、まずは誰かに手をさしのべてみることだ。その手は必ず握り返されるはずだ。行動でもあり、精神の動きでもある。人は出会うと必ず別れる、出合った瞬間から別れる悲しみを内包して人は付き合っていくものだという、文学の根本にあるもう一つの感覚が真実だとしても」
         また阿刀田さんが、今後の日本の未来は容易でないが、新しい生き方を模索する時に小説家の出番があるかもしれないと書いている。また仙台フィル指揮者の山下氏は、「音楽の出番は必ず来る。その時仙台フィルと地元の結びつきは、精神的な面でも今より一層強固なものになっているだろう」と述べている。
         私は長年、筋ジストロフィーと闘う青年たちの生き方を見てきたが、厳しい状況の中でも絵画や短歌を創作し、日高君のように手でできなくなったらパソコンでと一生懸命に生きている人は確実に長生きしている。もう少し落ち着いたら、「芸術家の出番」は必ずやってくる。