大震災からこの一月(前)(2019/03/12)
※こちらは過去分からの再録となります。
あの3月11日の東日本大震災と東京電力福島原子力発電所の大惨事と、日本を突然襲った未曾有の悪夢のような国難から一月が経ってしまった。あの頃はまだ固いつぼみだった桜も満開となり、今や病院の桜は葉桜となっている。過去の災害では、一月も経つと復興への道筋も立って来る頃だが、今回はまだ被災地の状況はほとんど変わらないようである。さらに原子力発電所事故の収束は目途も立たず、日本国民誰しも心安らかになれない日が続いている。
些細なことであるが、私も長年続けてきた毎朝の院内ランの「雑感の部分」を、3月16日を最期に取りやめてきた。院内には事務的な必要事項を中心に、ダイジェスト版として発信してきた。特段大きな理由で止めたわけでもなかったが、気分的に書く気力がなくなったことや、テーマの選択が難しくなったからである。何を書いても受け取りようによっては「この時代に、そんなにのんきでいいの」と言われかねない雰囲気にあった。そして何より、いかに言葉を弄しても被災者の苦しみは、その当人でしかわからないという峻厳な現実の前に立ちすくんでしまった。
3月13日に、作家の林真理子が、「寿司ネタのうちウニや貝など多くは北海道や東北からのもので、店員からは『最後のお魚ですね』『当分船が出せないでしょう』」と言われ、『元気を出そうと思って行ったお鮨やさんで、また(地震の)現実をつきつけられた感じ』とブログで感想を述べた。すると、ブログの内容は「不謹慎では」という声があがり、書き込みには「(店に)行っても構わないけど黙っとけ」とか、「お寿司屋さんに行ったことや、そこでのやり取り自体は悪くない。マスコミも一般人も被災した方達に配慮した報道や言動をしているのに、あまりにも無神経な(タイミングで公開した)ブログでは」などが踊ったという。震災後の2日後でこのような大惨事の全容がつかめなかった時でもあり、林には全く悪気などなかったわけで、特に問題視するほどの内容ではないと私は個人的には思っている。
また震災後、多くの学会が中止となったが、東京での開催は会場が避難所となっていたりと中止するのはよくわかるが、西日本で行われる学会まで中止する必要があるだろうか。5月に名古屋で開催予定の日本神経学会は色々考えた末に、開催することになったという。もちろん会長招宴などのパーティーは自粛することになり、新しい企画として「神経内科医にできる災害支援は何かについて考える緊急フォーラム」を開催するという。時宜にかなった英断だと思う。
どうも日本人は、基本的には異常に真面目な民族で、ルールをきちんと守り、今回の計画停電も平時では考えられもしないことを粛々と我慢しながら励行している。東北地方の避難所での映像を見ると、本当に我慢強いなと感心してしまう。もっとも現状では、我慢以外に選択の余地もないのかもしれない。ただ横並び意識も強く、自粛の強要なのか歓送迎会をしたことが何か悪いことでもしたかのように報じられる。鹿児島県のある警察署で、津波警報の発令中に送別会をしたことがマスコミで叩かれたことは論外としても、一律の行事自粛などしてしまうと地域経済も、ひいては日本経済まで危うくする。
さて復興には長期戦は必至であり、日本を一つと考える時に、まずは被害に遭わなかった地域をより活性化させ、そして東北地方を支援する体制こそ賢明な判断といえるのではないだろうか。先日、宮城県知事が、菅総理に「自粛だけでなく、日本経済を全体として浮揚させるような方策を考えて下さい」と進言されたという。心からの同情と恭順の気持ちを示したとしても、そこからは何も生まれない。
私も一月が経ったことを節目に、テーマを選びながら、時々また書いていきたいと思っている。
あの3月11日の東日本大震災と東京電力福島原子力発電所の大惨事と、日本を突然襲った未曾有の悪夢のような国難から一月が経ってしまった。あの頃はまだ固いつぼみだった桜も満開となり、今や病院の桜は葉桜となっている。過去の災害では、一月も経つと復興への道筋も立って来る頃だが、今回はまだ被災地の状況はほとんど変わらないようである。さらに原子力発電所事故の収束は目途も立たず、日本国民誰しも心安らかになれない日が続いている。
些細なことであるが、私も長年続けてきた毎朝の院内ランの「雑感の部分」を、3月16日を最期に取りやめてきた。院内には事務的な必要事項を中心に、ダイジェスト版として発信してきた。特段大きな理由で止めたわけでもなかったが、気分的に書く気力がなくなったことや、テーマの選択が難しくなったからである。何を書いても受け取りようによっては「この時代に、そんなにのんきでいいの」と言われかねない雰囲気にあった。そして何より、いかに言葉を弄しても被災者の苦しみは、その当人でしかわからないという峻厳な現実の前に立ちすくんでしまった。
3月13日に、作家の林真理子が、「寿司ネタのうちウニや貝など多くは北海道や東北からのもので、店員からは『最後のお魚ですね』『当分船が出せないでしょう』」と言われ、『元気を出そうと思って行ったお鮨やさんで、また(地震の)現実をつきつけられた感じ』とブログで感想を述べた。すると、ブログの内容は「不謹慎では」という声があがり、書き込みには「(店に)行っても構わないけど黙っとけ」とか、「お寿司屋さんに行ったことや、そこでのやり取り自体は悪くない。マスコミも一般人も被災した方達に配慮した報道や言動をしているのに、あまりにも無神経な(タイミングで公開した)ブログでは」などが踊ったという。震災後の2日後でこのような大惨事の全容がつかめなかった時でもあり、林には全く悪気などなかったわけで、特に問題視するほどの内容ではないと私は個人的には思っている。
また震災後、多くの学会が中止となったが、東京での開催は会場が避難所となっていたりと中止するのはよくわかるが、西日本で行われる学会まで中止する必要があるだろうか。5月に名古屋で開催予定の日本神経学会は色々考えた末に、開催することになったという。もちろん会長招宴などのパーティーは自粛することになり、新しい企画として「神経内科医にできる災害支援は何かについて考える緊急フォーラム」を開催するという。時宜にかなった英断だと思う。
どうも日本人は、基本的には異常に真面目な民族で、ルールをきちんと守り、今回の計画停電も平時では考えられもしないことを粛々と我慢しながら励行している。東北地方の避難所での映像を見ると、本当に我慢強いなと感心してしまう。もっとも現状では、我慢以外に選択の余地もないのかもしれない。ただ横並び意識も強く、自粛の強要なのか歓送迎会をしたことが何か悪いことでもしたかのように報じられる。鹿児島県のある警察署で、津波警報の発令中に送別会をしたことがマスコミで叩かれたことは論外としても、一律の行事自粛などしてしまうと地域経済も、ひいては日本経済まで危うくする。
さて復興には長期戦は必至であり、日本を一つと考える時に、まずは被害に遭わなかった地域をより活性化させ、そして東北地方を支援する体制こそ賢明な判断といえるのではないだろうか。先日、宮城県知事が、菅総理に「自粛だけでなく、日本経済を全体として浮揚させるような方策を考えて下さい」と進言されたという。心からの同情と恭順の気持ちを示したとしても、そこからは何も生まれない。
私も一月が経ったことを節目に、テーマを選びながら、時々また書いていきたいと思っている。
