鹿児島マラソンと結婚式(前)(2019/03/06)
3月3日はひな祭りの日、また鹿児島マラソンの日でもあり、また東京マラソンも同じ日となっている。私は昼から城山ホテル鹿児島で結婚式が予定されていた。天気予報は曇り時々雨となっており、一日前の土曜日は昼から土砂降りの雨になり、中央公園界隈は登録に来られたマラソン出場者などで混雑していた。
3日の朝4時過ぎに病院に向かったが、俗に言うところの小ぬか雨である。
9時前に病院を出て、歩いて家に帰ることにした。このころには雨はすっかり上がって、明るい曇り空になっている。テレビで東京マラソンをみてみると、東京は本格的な雨模様で天気予報とは真逆になってしまっている。明暗が見事に別れてしまった。
病院から少し歩いて長田陸橋を上ったところで、ちょうど先頭集団が走ってくる。そこから10号線を走者とは反対方向に歩いて行く。さすがに早い人は体型もフォームもいい。(今朝の新聞をみると、セイフティマネジメント研究会でお世話になっているテルモ支店長の小澤さんは3時間47分で完走している。50歳で立派!)。去年と比べると沿道の応援者は少ないように感じる。美術館の前で陶山さん(MBC開発社長)にばったり出会う。「主催者の一人ですから」ということだった。
自宅に帰って東京マラソンの様子をテレビで見た後、山形屋に向かう。中央公園ではテントが建ち並び、それぞれの店が食べ物やマラソン関係のグッヅを展示している。8.9キロのファンランに出場した人たちも交じっていて大変な混雑ぶりである。
12時半に、中原別荘前でホテル行のシャトルバスに乗る。交通規制の影響でいつもは降車専用のこのバス停から乗車できて有難い。
かなり早くホテルに着くことができて、ロビーで放射線科の南立先生と一緒になる。
結婚式は13時半に始まった。昔、スカイラウンジと呼ばれた10階で、現在はフランス料理の「ルシェル」という名前に変わっていた。カーテンがあがると眼下に鹿児島市と桜島もよくみえる絶好のロケーションである。
型通りの結婚式だったが余興もなく、落ち着いた雰囲気のいい結婚式だった。新郎の日高君はお母さんが高田病院の娘さんで、日高君からすればお祖父さんにあたる高田先生とは私は郷里が一緒で遠い親戚関係にあるようである。新婦の迫田先生は銀行員の一人娘さんで、大切に育てられたことがよくわかる。
私のテーブルは産業医科大学予防医学教授(迫田先生は産業医科大学出身で、予防医学を専攻するという)の大神先生以外は、鹿島先生、松田先生など南風のスタッフだった。私は祝辞を頼まれていたので、できるだけ簡潔にと思い、次のようなことをしゃべった。
3日の朝4時過ぎに病院に向かったが、俗に言うところの小ぬか雨である。
9時前に病院を出て、歩いて家に帰ることにした。このころには雨はすっかり上がって、明るい曇り空になっている。テレビで東京マラソンをみてみると、東京は本格的な雨模様で天気予報とは真逆になってしまっている。明暗が見事に別れてしまった。
病院から少し歩いて長田陸橋を上ったところで、ちょうど先頭集団が走ってくる。そこから10号線を走者とは反対方向に歩いて行く。さすがに早い人は体型もフォームもいい。(今朝の新聞をみると、セイフティマネジメント研究会でお世話になっているテルモ支店長の小澤さんは3時間47分で完走している。50歳で立派!)。去年と比べると沿道の応援者は少ないように感じる。美術館の前で陶山さん(MBC開発社長)にばったり出会う。「主催者の一人ですから」ということだった。
自宅に帰って東京マラソンの様子をテレビで見た後、山形屋に向かう。中央公園ではテントが建ち並び、それぞれの店が食べ物やマラソン関係のグッヅを展示している。8.9キロのファンランに出場した人たちも交じっていて大変な混雑ぶりである。
12時半に、中原別荘前でホテル行のシャトルバスに乗る。交通規制の影響でいつもは降車専用のこのバス停から乗車できて有難い。
かなり早くホテルに着くことができて、ロビーで放射線科の南立先生と一緒になる。
結婚式は13時半に始まった。昔、スカイラウンジと呼ばれた10階で、現在はフランス料理の「ルシェル」という名前に変わっていた。カーテンがあがると眼下に鹿児島市と桜島もよくみえる絶好のロケーションである。
型通りの結婚式だったが余興もなく、落ち着いた雰囲気のいい結婚式だった。新郎の日高君はお母さんが高田病院の娘さんで、日高君からすればお祖父さんにあたる高田先生とは私は郷里が一緒で遠い親戚関係にあるようである。新婦の迫田先生は銀行員の一人娘さんで、大切に育てられたことがよくわかる。
私のテーブルは産業医科大学予防医学教授(迫田先生は産業医科大学出身で、予防医学を専攻するという)の大神先生以外は、鹿島先生、松田先生など南風のスタッフだった。私は祝辞を頼まれていたので、できるだけ簡潔にと思い、次のようなことをしゃべった。
