病児を育てる母親(2019/03/01)
今回(2月24日)の日経の「向き合う」シリーズは、NPO法人キープ・ママ・スマイリング理事長の光原ゆきさんである。第一回目は「娘に付き添い入院11か月の命」というものである。
書き出しは次のようである。
あと一か月で1歳だったのに。数分前まで笑顔を見せていた娘の心臓が突然止まった。「絶望」という言葉の意味を知ったのはこの瞬間だ。同時にこの体験が今の活動の始まりだった。
入社した(注:一橋大学卒業後)リクルートは若手に身の丈以上の仕事を与える環境があり、やりがいのある仕事に没頭した。長女を妊娠した時はすぐに復職するつもりだったが、出産当日に異常が見つかり、娘は新生児集中治療室(NICU)に搬送された。仕事と育児を両立するワーキングマザーになるのが当たり前と思っていた未来は消え、想定外の「病児を育てる母親」となった。
・・・通院と仕事を両立しながら2年が経った頃に次女を授かる。ところが胎児エコーで異常が判明した。結局冒頭のように、11ヶ月で幼い命は途絶えてしまう。
女性は強い、母親はさらに強いと感じる。そしてこの方の場合、その時々にもっとも適切な選択の出来る冷静で有能な女性である。
想定外の「病児を育てる母親」になって自らNPO法人を立ち上げて、同じ苦労をされている母親とともに一緒に活動されている姿に頭がさがる。
私の孫の隼生君も生まれたその日にNICUに搬送された。原因はわからないままDICを起こしてしまい、凝固因子が回復するまでにしばらく時間がかかった。幸いにも担当の小児科の先生方の的確な治療もあって、現在2歳9か月、元気な盛りである。当初、心疾患ではないかということで手術の出来る病院に搬送された訳だが、心臓には異常はなかった。
きっと私の娘も隼生君の病気が続いていたら、この母親と同じように「病児を育てる母親」として頑張ったのではないかと想像する。母親の我が子に対する虐待の報道に接するたびに胸がつぶれる思いもするが、このようにけな気に頑張る母親も多いのである。世の中は捨てたものではない。
書き出しは次のようである。
あと一か月で1歳だったのに。数分前まで笑顔を見せていた娘の心臓が突然止まった。「絶望」という言葉の意味を知ったのはこの瞬間だ。同時にこの体験が今の活動の始まりだった。
入社した(注:一橋大学卒業後)リクルートは若手に身の丈以上の仕事を与える環境があり、やりがいのある仕事に没頭した。長女を妊娠した時はすぐに復職するつもりだったが、出産当日に異常が見つかり、娘は新生児集中治療室(NICU)に搬送された。仕事と育児を両立するワーキングマザーになるのが当たり前と思っていた未来は消え、想定外の「病児を育てる母親」となった。
・・・通院と仕事を両立しながら2年が経った頃に次女を授かる。ところが胎児エコーで異常が判明した。結局冒頭のように、11ヶ月で幼い命は途絶えてしまう。
女性は強い、母親はさらに強いと感じる。そしてこの方の場合、その時々にもっとも適切な選択の出来る冷静で有能な女性である。
想定外の「病児を育てる母親」になって自らNPO法人を立ち上げて、同じ苦労をされている母親とともに一緒に活動されている姿に頭がさがる。
私の孫の隼生君も生まれたその日にNICUに搬送された。原因はわからないままDICを起こしてしまい、凝固因子が回復するまでにしばらく時間がかかった。幸いにも担当の小児科の先生方の的確な治療もあって、現在2歳9か月、元気な盛りである。当初、心疾患ではないかということで手術の出来る病院に搬送された訳だが、心臓には異常はなかった。
きっと私の娘も隼生君の病気が続いていたら、この母親と同じように「病児を育てる母親」として頑張ったのではないかと想像する。母親の我が子に対する虐待の報道に接するたびに胸がつぶれる思いもするが、このようにけな気に頑張る母親も多いのである。世の中は捨てたものではない。
