衝撃のニュース(前)(2019/02/18)
2019年2月12日の午後、健診室でいつものようにPETの結果説明をしていた。60代の義理の姉妹(姉とその兄嫁)が、「仲良しですので、一緒に聞きたいです」ということで、二人一緒に説明することになった。結果に問題がなければいいのだが、深刻なことを説明しなければならない時には「大丈夫かな」とも思ってしまう。今回は二人とも深刻な問題はなかったので、和やかな雰囲気で世間話も交えながら説明していた。すると「先生、聞かれましたか?あの池江選手が白血病だということですよ」という一言に、「本当ですか」と思わず聞き返してしまった。
一人の競泳選手の病気に、日本中がこれほどまでに大きな衝撃を受けたことはかってなかったのではないだろうか。13日のスポーツ紙は全て一面で大々的に報道したし、テレビの報道番組も軒並みトップに据えていた。
来年の東京五輪を控えて、日本人誰しも池江璃花子選手(18)に、複数の金メダルを期待していた。極論すれば「池江の東京五輪」とでもいうべき大きな存在だった。昨年のアジア大会での6冠を含めその記録も素晴らしいことだが、テレビ画面に映し出される、はじけるような若さと容姿端麗な水着姿に誰しも惹きつけられ、ファンとなっていた。まさに東京五輪のヒロインであり、申し子的な存在だったのである。その選手が「白血病だ」という報道に、日本中誰しもわが耳を疑ったのである。
アスリート仲間を含めて多くの人が感想や激励の言葉を述べている。あくまでマスコミからの情報だが、その性格もみんなから好かれるようなものだったようで、心からの激励の声が寄せられている。ところが、あろうことか五輪担当大臣の柳田氏の不適切なコメントが批判されている。「本当にがっかりしている。・・・盛り上がりが下火にならないか、若干心配している」などと発言している。脳科学者の茂木健一郎氏が「悪意というより、ご自身の『おじさま』としての感想そのまま。大臣までされている方が、ここまで『公の場での発言』の訓練がされていないのは個人というより日本全体の問題」と記しているが、まさにその通りだろう。悪意のないことはわかるが、自分の職責を考えると不適切な発言になってしまう。
その中で池江選手の祖母の「水泳なんてやんなくていいから、とにかく長生きして、私より先に逝っちゃうなんていやだから、とにかく長生きしてほしいです。生きてさえいれば、私は……。生きてください。私が死ぬ前に死んでほしくない。私だって80歳なんだから」という言葉が、身内の率直な気持ちを代弁している。私も2年半ほど前に、生まれた孫がNICUに運ばれた時には、「生きていてくれさえすれば」という気持ちになった。ただただ神様にお願いするしかなかった。そして池江さんが述べているように、神様は乗り超えられない試練は与えないだろうとも思った。幸い担当してくれた小児科の先生方のお力で、今は後遺症もなく元気いっぱいに遊んでいる。
一人の競泳選手の病気に、日本中がこれほどまでに大きな衝撃を受けたことはかってなかったのではないだろうか。13日のスポーツ紙は全て一面で大々的に報道したし、テレビの報道番組も軒並みトップに据えていた。
来年の東京五輪を控えて、日本人誰しも池江璃花子選手(18)に、複数の金メダルを期待していた。極論すれば「池江の東京五輪」とでもいうべき大きな存在だった。昨年のアジア大会での6冠を含めその記録も素晴らしいことだが、テレビ画面に映し出される、はじけるような若さと容姿端麗な水着姿に誰しも惹きつけられ、ファンとなっていた。まさに東京五輪のヒロインであり、申し子的な存在だったのである。その選手が「白血病だ」という報道に、日本中誰しもわが耳を疑ったのである。
アスリート仲間を含めて多くの人が感想や激励の言葉を述べている。あくまでマスコミからの情報だが、その性格もみんなから好かれるようなものだったようで、心からの激励の声が寄せられている。ところが、あろうことか五輪担当大臣の柳田氏の不適切なコメントが批判されている。「本当にがっかりしている。・・・盛り上がりが下火にならないか、若干心配している」などと発言している。脳科学者の茂木健一郎氏が「悪意というより、ご自身の『おじさま』としての感想そのまま。大臣までされている方が、ここまで『公の場での発言』の訓練がされていないのは個人というより日本全体の問題」と記しているが、まさにその通りだろう。悪意のないことはわかるが、自分の職責を考えると不適切な発言になってしまう。
その中で池江選手の祖母の「水泳なんてやんなくていいから、とにかく長生きして、私より先に逝っちゃうなんていやだから、とにかく長生きしてほしいです。生きてさえいれば、私は……。生きてください。私が死ぬ前に死んでほしくない。私だって80歳なんだから」という言葉が、身内の率直な気持ちを代弁している。私も2年半ほど前に、生まれた孫がNICUに運ばれた時には、「生きていてくれさえすれば」という気持ちになった。ただただ神様にお願いするしかなかった。そして池江さんが述べているように、神様は乗り超えられない試練は与えないだろうとも思った。幸い担当してくれた小児科の先生方のお力で、今は後遺症もなく元気いっぱいに遊んでいる。
