宇沢弘文(3)(2019/01/24)
父は「医療の本質は、サービスではなく信任である」ともよく言っていました。サービスであれば、お金を受け取った分だけ提供するという発想ですが、医師と患者は、「困った状態の時に、患者は信任し、医師に託す。医師はそれを受けてベストを尽くす」という関係にあります。突き詰めて言えば、インフォームド・コンセントも必要がないくらいの人間関係が出来上がることが、一番高い目標なのではないでしょうか。
(我々も医療はサービスであると常々言うようになったが、ちょっと違和感を感じている。また患者との関係も契約ではなく、昔からの信頼関係に基づくお任せのパーターナリズムが本質だと思うが、医療事故の事後処理などを考えるとそうともいえなくなっている)。
――「倫理観の向上、死生観の再構築、内科診断学の再評価」を柱に、「社会的共通資本としての医療」という考え方の普及に取り組まれているとのことです。まず倫理観の向上ですが、個々の医師にとってどのような方法で涵養できるとお考えですか。
自問自答の作業の繰り返しが基本です。「本当にこれで良かったのか。他の考え方はないのか」など、日々フィードバックをかけながら考えることで、倫理観が涵養されていくと考えています。
例えば、インフォームドコンセント。以前の家父長型から情報提供型に変わりましたが、「5年生存率はこうですから、選んでください」と患者に全面的に委ねてしまうのは、医療側のサボタージュに近いのではないかと考えています。「患者や家族が、医師の話をどれくらい理解しているかを調査した結果、10%くらい」という米国の研究結果があります。その状況下で、患者側が治療法を決めるのは困難。われわれがプロフェッショナルとしての経験を踏まえ、情報を提供しつつ、患者の治療を構築していくのが本来の姿ではないでしょうか。その際、患者のバックグラウンドをはじめ、さまざまな個人情報を引き出さないと、適切な解につながりません。こうした作業の繰り返しで、自らの倫理観を高めることにつながるのだと思います。
この辺りは今、性善説でやっていますが、医師同士、専門家同士でフィードバックをかける仕組みが現状ではほとんどない点にも問題があると考えています。
(先日のCOMLの山口先生の講演でも、「医師が専門的な説明を長時間かけて説明しても、患者は一部しか理解していないし、記憶にとどまらない。理解できないことは聞いていないことと同じである」と言われた)。
――では死生観の再構築について、お考えをお聞かせください。
実は私自身、つい最近まで「平穏死」などを考えたことがありませんでした。私の父は2011年に脳梗塞で倒れ、2014年9月に自宅で看取ったのですが、最期まで私の持てる力を総動員して治療してしまったのです。
(我々も医療はサービスであると常々言うようになったが、ちょっと違和感を感じている。また患者との関係も契約ではなく、昔からの信頼関係に基づくお任せのパーターナリズムが本質だと思うが、医療事故の事後処理などを考えるとそうともいえなくなっている)。
――「倫理観の向上、死生観の再構築、内科診断学の再評価」を柱に、「社会的共通資本としての医療」という考え方の普及に取り組まれているとのことです。まず倫理観の向上ですが、個々の医師にとってどのような方法で涵養できるとお考えですか。
自問自答の作業の繰り返しが基本です。「本当にこれで良かったのか。他の考え方はないのか」など、日々フィードバックをかけながら考えることで、倫理観が涵養されていくと考えています。
例えば、インフォームドコンセント。以前の家父長型から情報提供型に変わりましたが、「5年生存率はこうですから、選んでください」と患者に全面的に委ねてしまうのは、医療側のサボタージュに近いのではないかと考えています。「患者や家族が、医師の話をどれくらい理解しているかを調査した結果、10%くらい」という米国の研究結果があります。その状況下で、患者側が治療法を決めるのは困難。われわれがプロフェッショナルとしての経験を踏まえ、情報を提供しつつ、患者の治療を構築していくのが本来の姿ではないでしょうか。その際、患者のバックグラウンドをはじめ、さまざまな個人情報を引き出さないと、適切な解につながりません。こうした作業の繰り返しで、自らの倫理観を高めることにつながるのだと思います。
この辺りは今、性善説でやっていますが、医師同士、専門家同士でフィードバックをかける仕組みが現状ではほとんどない点にも問題があると考えています。
(先日のCOMLの山口先生の講演でも、「医師が専門的な説明を長時間かけて説明しても、患者は一部しか理解していないし、記憶にとどまらない。理解できないことは聞いていないことと同じである」と言われた)。
――では死生観の再構築について、お考えをお聞かせください。
実は私自身、つい最近まで「平穏死」などを考えたことがありませんでした。私の父は2011年に脳梗塞で倒れ、2014年9月に自宅で看取ったのですが、最期まで私の持てる力を総動員して治療してしまったのです。
