同窓会(2015/11/06)
「同窓会」の定義をウイキペディアで検索すると、「その学校の卒業生同士が当時を振り返るために集まるイベントのこと」とある。「当時を振り返るために集まる」のが同窓会だとすると、そのための事前の準備が同窓会を成功させるカギになることになる。
同窓会はある時期に同じ学校で過ごした仲間が、ある空白の時間を飛び越えて集うわけである。ただその後の人生は多様であり、多くの出席者の共通の関心事を引き出すことは至難のことだろう。もっとも医学部の場合には卒業後は医師になるわけで、どちらかというと焦点を絞りやすい気もする。
10月31日(土)、城山観光ホテルで鹿児島大学医学部、昭和47年卒業の同窓会が3年ぶりに開かれた。この同窓会、地元である鹿児島市と福岡市、宮崎市などと隔年で開催されてきたが、ここ数年は開かれていなかった。
出席前に気になったこととして意外かもしれないが、何を着ていくべきかちょっと迷ってしまった(女性ならいざしらず、どうでもよさそうなものだが)。というのも2年前の高校の全体同窓会に初めて出席した時に(同窓会の類はどちらかというと苦手で敬遠してきたが、この時は南九州病院の大熊先生から、担当の学年だからぜひ出席して欲しいとの直々のメールをもらっていたので)、ネクタイをして行ったらそんな人はほとんどいなくて、ちょっと戸惑ったことがあったからである。この夜はやはり一番簡単なので、ネクタイをして行ったが、幸いにも10人ほどはネクタイを着けていた。
開催日当日、私は南風病院の近くの交差点で信号待ちしていたタクシーに飛び乗った。
5分ほどで着けるので、開催予定の19時よりだいぶ早く着いてしまった。受付を済ませたところで二川君に出会ったので、二人で外に出てみた。するとホルト側から本館の4階にかけてイルミネーションの飾られた階段ができていた。
同窓会は幹事の池田君の挨拶で始まり、川畑先生の乾杯の音頭、そしてしばらくしたのち各人の近況報告となり、21時ちょうどに福田先生が七高寮歌の巻頭言を吟唱し、引き続いて寮歌をみんなで歌ってお開きとなった。
翌日、同窓会に出席した親友からメールが届いていた。「同窓会は私には今一でした。ま、元気で出席できただけでも花丸ですが。もうす少し話をしたかった友人もいました」というものであったが、私もまったく同感で達成感のないまま家路に着いた。
会では時間の制約もあり、一人ひとりが近況を述べると、それだけでいっぱいである。泊りがけでもないとゆっくりと話す時間はとれないだろう。びっくりしたのは近況報告での二人の発言である。
「先日高校の同窓会に行きましたら、亡くなっていた人が約5%でした。ところが我々のクラスでは21人が亡くなっており実に20%ということになります」。
「私は前回まで幹事をしていましたので、亡くなった方には積立金から、供養のお花をおくってきました。ところが次々に亡くなってしまうものですから、積立金も底を突きそうです。後は早い者勝ちですよ・・・」と言われてもねえ・・・。
同窓会はある時期に同じ学校で過ごした仲間が、ある空白の時間を飛び越えて集うわけである。ただその後の人生は多様であり、多くの出席者の共通の関心事を引き出すことは至難のことだろう。もっとも医学部の場合には卒業後は医師になるわけで、どちらかというと焦点を絞りやすい気もする。
10月31日(土)、城山観光ホテルで鹿児島大学医学部、昭和47年卒業の同窓会が3年ぶりに開かれた。この同窓会、地元である鹿児島市と福岡市、宮崎市などと隔年で開催されてきたが、ここ数年は開かれていなかった。
出席前に気になったこととして意外かもしれないが、何を着ていくべきかちょっと迷ってしまった(女性ならいざしらず、どうでもよさそうなものだが)。というのも2年前の高校の全体同窓会に初めて出席した時に(同窓会の類はどちらかというと苦手で敬遠してきたが、この時は南九州病院の大熊先生から、担当の学年だからぜひ出席して欲しいとの直々のメールをもらっていたので)、ネクタイをして行ったらそんな人はほとんどいなくて、ちょっと戸惑ったことがあったからである。この夜はやはり一番簡単なので、ネクタイをして行ったが、幸いにも10人ほどはネクタイを着けていた。
開催日当日、私は南風病院の近くの交差点で信号待ちしていたタクシーに飛び乗った。
5分ほどで着けるので、開催予定の19時よりだいぶ早く着いてしまった。受付を済ませたところで二川君に出会ったので、二人で外に出てみた。するとホルト側から本館の4階にかけてイルミネーションの飾られた階段ができていた。
同窓会は幹事の池田君の挨拶で始まり、川畑先生の乾杯の音頭、そしてしばらくしたのち各人の近況報告となり、21時ちょうどに福田先生が七高寮歌の巻頭言を吟唱し、引き続いて寮歌をみんなで歌ってお開きとなった。
翌日、同窓会に出席した親友からメールが届いていた。「同窓会は私には今一でした。ま、元気で出席できただけでも花丸ですが。もうす少し話をしたかった友人もいました」というものであったが、私もまったく同感で達成感のないまま家路に着いた。
会では時間の制約もあり、一人ひとりが近況を述べると、それだけでいっぱいである。泊りがけでもないとゆっくりと話す時間はとれないだろう。びっくりしたのは近況報告での二人の発言である。
「先日高校の同窓会に行きましたら、亡くなっていた人が約5%でした。ところが我々のクラスでは21人が亡くなっており実に20%ということになります」。
「私は前回まで幹事をしていましたので、亡くなった方には積立金から、供養のお花をおくってきました。ところが次々に亡くなってしまうものですから、積立金も底を突きそうです。後は早い者勝ちですよ・・・」と言われてもねえ・・・。
