医療安全研修アドバンスコース(後)(2017/05/24)
名古屋大学病院組は今夜新幹線で帰るということで、東京駅に近い場所で食事をしようということになり、有楽町の「輝咲」に電話したら都合よくあいていた。雨の中をそれぞれの荷物を持って(長尾先生の大きな荷物は、トライアスロンで鍛えているという丹羽先生が担当)、有楽町線で麹町駅から有楽町駅に、そこから雨の中を数分歩いて輝咲に到着した。輝咲では、いつものように若大将と女将さんが待ってくれていた。この店も今年で開店7周年ということで、記念の風呂敷を貰った。
ところでこのアドバンスコースは、長尾先生がお一人で企画立案、そして講師を引き受けてくれており、サポート役が北野文将弁護士である。北野さんは東大法学部を卒業後、4年ほど中部電力に務めていたが、法科大学院の発足にあわせて司法の道に進まれたという。講義を聴いていてもシャープでわかりやすく、今後医療安全の世界でも弁護士の立場から羽ばたいて欲しい一人である。また今回から新たに丹羽由紀子医師も加わってくれた。丹羽先生は名古屋大学病院の外科医で専門は食道外科だということだが、医療の質・安全管理部の副部長も兼任されている。元気があり、率直な物言いで好感の持てる女性医師である。
18時過ぎから2時間余り、飲んで食べて楽しい歓談ができた。話題は医療事故に関わる諸々のことになったが、私の知らなかったことも多く楽しかった。私がいつも疑問に思っていた「どうして長尾先生は、京大病院でもまた名大病院でも、透明性を確保できているのですか。現場の医師からは、反発は多いかと思うのですが」ということだった。丹羽先生は「ひとえに長尾先生に対する信頼感だと思います。面倒な案件にもいつも真剣に真正面から取り組まれますし、ぶれることがありません」。なるほどだと思うことである。
帰りは山手線から京急に、大鳥居駅で降りて21時前に東横イン羽田空港Ⅰに着いた。そのまま床に。
翌朝は3時頃に目が覚めて、風呂に入ったりしていたが、ネットで松山英樹が、パー3で8を叩いたのには驚いて、応援していたのでがっくり。
6時からお気に入りの東横インの簡単な朝食を食べて、バスで空港まで送ってもらった。
そして7時25分発の福岡空港行きにANA機241便に搭乗したが、客は少ないことにびっくりした。定刻の9時15分に到着、地下鉄までの距離が意外に長いことに再度びっくり、それでも9時35分には博多駅に、9時46発の新山口駅を通る新幹線に余裕で間に合った。10時22分に新山口駅に到着。そして10時30分発の山口駅へのJR特急バスへと予定通りの行程となった。
バスは空いていたので、後方座席から電話すると家内や娘と孫は近くの県立図書館にいるという。そこで図書館近くの情報センター前で下車、孫たちと壱岐旅行以来の再会である。図書館でしばらく遊んだ後、山口市の中華料理東天閣へと、午後12時から隼生君の初節句のお祝いが予定されていた。
お祝いには山口県の日本海側の阿武町に住んでおられる吉岡君のご両親、萩市の長女一家、山口市の次男一家、そして我々と娘の家族である。中華料理の二つの卓を囲んで、にぎやかな祝となった。途中で隼生君は節句の行事である大きな鏡餅を背中にしょわされて、やっとの思いでハイハイしながら目的地まで匍匐前進していた。私は明日胃カメラの検査が予定されていることも忘れて何杯も生ビールをお替り、15時過ぎの新幹線で山口を後にした。
ところでこのアドバンスコースは、長尾先生がお一人で企画立案、そして講師を引き受けてくれており、サポート役が北野文将弁護士である。北野さんは東大法学部を卒業後、4年ほど中部電力に務めていたが、法科大学院の発足にあわせて司法の道に進まれたという。講義を聴いていてもシャープでわかりやすく、今後医療安全の世界でも弁護士の立場から羽ばたいて欲しい一人である。また今回から新たに丹羽由紀子医師も加わってくれた。丹羽先生は名古屋大学病院の外科医で専門は食道外科だということだが、医療の質・安全管理部の副部長も兼任されている。元気があり、率直な物言いで好感の持てる女性医師である。
18時過ぎから2時間余り、飲んで食べて楽しい歓談ができた。話題は医療事故に関わる諸々のことになったが、私の知らなかったことも多く楽しかった。私がいつも疑問に思っていた「どうして長尾先生は、京大病院でもまた名大病院でも、透明性を確保できているのですか。現場の医師からは、反発は多いかと思うのですが」ということだった。丹羽先生は「ひとえに長尾先生に対する信頼感だと思います。面倒な案件にもいつも真剣に真正面から取り組まれますし、ぶれることがありません」。なるほどだと思うことである。
帰りは山手線から京急に、大鳥居駅で降りて21時前に東横イン羽田空港Ⅰに着いた。そのまま床に。
翌朝は3時頃に目が覚めて、風呂に入ったりしていたが、ネットで松山英樹が、パー3で8を叩いたのには驚いて、応援していたのでがっくり。
6時からお気に入りの東横インの簡単な朝食を食べて、バスで空港まで送ってもらった。
そして7時25分発の福岡空港行きにANA機241便に搭乗したが、客は少ないことにびっくりした。定刻の9時15分に到着、地下鉄までの距離が意外に長いことに再度びっくり、それでも9時35分には博多駅に、9時46発の新山口駅を通る新幹線に余裕で間に合った。10時22分に新山口駅に到着。そして10時30分発の山口駅へのJR特急バスへと予定通りの行程となった。
バスは空いていたので、後方座席から電話すると家内や娘と孫は近くの県立図書館にいるという。そこで図書館近くの情報センター前で下車、孫たちと壱岐旅行以来の再会である。図書館でしばらく遊んだ後、山口市の中華料理東天閣へと、午後12時から隼生君の初節句のお祝いが予定されていた。
お祝いには山口県の日本海側の阿武町に住んでおられる吉岡君のご両親、萩市の長女一家、山口市の次男一家、そして我々と娘の家族である。中華料理の二つの卓を囲んで、にぎやかな祝となった。途中で隼生君は節句の行事である大きな鏡餅を背中にしょわされて、やっとの思いでハイハイしながら目的地まで匍匐前進していた。私は明日胃カメラの検査が予定されていることも忘れて何杯も生ビールをお替り、15時過ぎの新幹線で山口を後にした。
