Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

日本ALS協会鹿児島県支部総会(2017/06/21) 

第14回日本ALS協会鹿児島県支部総会が6月11日、南九州病院で開催された。この総会に合わせて石川県で長年、協会の事務局長をされてきた永井さんが、南九州病院の木脇さんのお見舞いもかねて訪れるということで、11日の朝、市内の案内などすることになった。
         永井さんとの付き合いは20年以上になる。ALSの木脇さんとは「絵画」を通して親交があったようで、ある時に南九州病院を訪問された時に私も紹介された。その後、国立病院学会が金沢市で開催された時にはつきっきりで案内してもらって、職員から「あの人誰?」とからかわれたことも懐かしい思い出である。また私が平成6年に、難病のケアシステム研究班で「生活ガイドQ&A」という小冊子を作成したが、この時にはこの小冊子を石川県のALS協会で増刷販売して、事務局の資金源となったということである。
         11日の予報は午前中は大雨となっていたが、私が9時に中央駅近くのホテルタイセイに迎えに行った時には小雨に変わっていた。まず病院近くの南洲墓地(西郷や別府晋介、桐野利秋などの西南の役の戦死者が葬られている)に案内し、そのあと多賀山公園内の東郷平八郎の銅像に登った。この頃には桜島もくっきりと見えるようになっていた。
         そのあと、仙巌園を30分ほどかけて一回りした後、園内の出店で両棒餅を食べた。この時に名称の由来を聞かれた時にはよくわからなかったが、パンフレットには「ぢゃんぼという名称の語源は両棒が転訛したものであると考えられ、上級武士が刀を二本脇に差していた姿で、それを模した姿とされている。薩摩藩の武士の大半は郷士か下級武士で、刀は一本脇に差すのがやっとだったので、庶民が遠回しに皮肉り楽しんだのではないかと推測される」と書かれている。
         昼食は青雲会病院の横にある、「ダ・クオーレ」を予約していた。大きな緑の芝生が印象的で、スパゲティーのランチは美味しかった。駐車場に戻った時、永井さんから「このバンパーの傷、どうしたの」と聞かれて、ドキッとした。先日、「新車に生まれ変わったばかりなのに」と思っていたが、先日、家内をエルグに迎えに行った時に、バックする時に前方が駐車場の壁にあたったように思ったが、点検していなかったのである。人に指摘されて気づくとは、相変わらずである。
         12時半ごろに南九州病院の大会議室に着くと、受付には人がたくさんいたが、また集まりは悪かった。13時から支部総会で、2016年度の活動報告や2017年度の活動方針、予算案、役員が承認された。いつも感心するのは役員の構成で、遺族の方が何人も名前を連ねている。自分の身内を亡くした後も、運営委員として活動してくれるのはALS患者会ならである。
         記念講演は長倉伯博先生の「病を生きる~いのち輝くとき~」というものだった。長倉ファンが何人も来られていたが、患者さんの参加は城ヶ峰さんだけで、支部長の伊瀬知さんは微熱と頭痛のために録音でメッセージを、北吉さんは同居していた母親が亡くなられたということで出席できなかった。
         長倉さんの講演は、いつものように深刻な話を笑顔でくるんで、内容の濃い話で、涙を流している人も多かった。
         夜は極(きわみ)で楽しい交流会となった。