Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

多系統萎縮症に関する医療相談会(2017/06/15) 

県難病相談支援センターでは、患者会などの要望に応じてさまざまな指定難病の中から医療相談を開催している。今回は、6月3日(土)の午後、多系統萎縮症に関する医療相談会をハートピアで実施した。内容は私の講話と質疑応答、そして患者交流会である。
         当日、車でハートピアに到着すると、難病ボランティアをされている川上さん(前、センターの管理課長)が車の整理にあたっていた。かっての職場でボランティアとして仕事を手伝ってくれることなどなかなかできないことで、頭が下がる。
         まずこの会の責任者の福元さん(センターの相談課の保健師)の挨拶に引き続いて、小城副所長の司会で私が一時間ほど講話をすることになった。
         講話の前半は、まず多系統萎縮症という病名について説明した後、出席者(患者本人が7人、そして介助の家族、脊髄小脳変性症の患者会であるスマイルクラブの2人)から直接、病気の症状や現在困っていることをお聞きして、その内容を白板に羅列、簡単なまとめを行った後に病気の概説を行うこととした。
         先ず系(システム)について説明し、この病気は小脳性運動失調、自律神経不全、薬の効かないパーキンソニズムが併存することから1969年に提唱された病名である。それまではオリーブ橋小脳萎縮症、シャイ・ドレーガー症候群、線状体黒質変性症などの病名で呼ばれていた。患者さんから症状をお聞きすると、男女差はなく、みな60歳以上で、ほとんどがふらつき、言葉がしゃべりにくい、歩行障害で発病され徐々に進行してきている。排尿障害や起立性低血圧で困っている人もおられた。
         交流会では、ロの字型のテーブルで、福元さんの司会でそれぞれお一人ずつ(ご家族も含めて)、自由に話題を提供してもらうことにした。
         70歳の男性、教師で校長先生などの役職を歴任(たまたま副所長が中学の時の担任で、当時27歳の熱血漢の優れた青年教師だったという)、病気になって10年ほど経ってやっと病気を受け入れる心境になってきている。それでもデイサービスなどでは積極的に仲間と交わろうとはしない。介護面でも妻に頼りがちで、自らやろうとしないと奥さんは嘆いておられた。このような現象はこの方に限らず多くの男性に共通することで、デーサービスで楽しく時間を過ごされない人が多いようである。
         夜間の排尿、排便の処理に難渋している奥さんの話も身に染みた。自分も腰が痛いし、男の人は重いので、どうにかならないものかと嘆いておられた。
         シャイドレーガー症候群と診断されていた人は、一日の症状の変動で困っている。要介護度が2度から1度に減額された。他の人と比較してもおかしいし、娘は「これは3度だよ」とその判定に不満気であったという。
         60歳代の男性は排尿障害があり、後縦靭帯骨化症という診断で手術した。術後多系統萎縮症の症状が出現したため患者本人は手術のためだと思っているが、私は(妻)病気のためだと理解していると話された。
         また最近、飲み込みが悪くなって医師からは胃瘻を勧められている。どうするか迷っている、という。この病気では病気の進行とともに球麻痺症状といわれる嚥下障害や呼吸障害が出現することが多い。その時に胃瘻を造設したり、人工呼吸器を付けるかどうかは難しい選択となる。