みゆき(9)(2017/06/13)
1993年に、私が西村君(当時、児童指導員、現在西九州大学教授)の手助けを借りて編集した「筋ジストロフィー病棟20周年記念誌」のなかに、「別離」というタイトルで原稿を寄せている。
筋ジス病棟が発足してしばらくの間は、死という言葉はタブーだった。一緒に入院した仲間が死んだとき、看護婦さんが言った。「急に退院することになってね、お家に帰ったの」と・・・。エーツと思いながらも大きな疑問は抱くことなく暮らしていた。あれからどれだけの時間が流れただろうか。何人の友との別れがあっただろう。悲しいけどそれが現実なら受け入れていかなければならない。しかしわかっていてもやり切れない時がある。どの友との別れも辛く悲しいが、なかでもあの娘との別れは今でも胸が痛むものがある。
中学卒業を目前に控え、逝ってしまったあの娘。まさかあんなに早く逝ってしまうとは思いもよらなかった。看護婦さんに呼ばれて行った時は、あの娘の意識は遠のいていくところだった。「美由紀姉ちゃんだよ。わかる?」そう言った時、私の手をギュゥギュッとありったけの力を込めて握ってくれた。あの手のぬくもりを私は忘れることはないだろう。そしてあの娘の最期の瞬間までそばにいさせてもらえたことを感謝したい。
あの娘とは、1990年に亡くなった南聡子のことだろう。聡子の死については、私も鮮明に覚えている。叔母さんが聡子のために用意してくれていた純白のウエディングドレスに包まれた小さな躯は神々しいほどに美しかったことを。同じ時期に大学病院に入院していた弟も状態が悪くなり、お母さんは聡子の傍に付き添えなかったが、懸命に耐えていた。私もこの二人を思い出すたびに、故郷の甑島に自生するカノコユリを思い出す。
(2014/4/21)妹の美智恵からのメール
いつもお世話になります。ヒクヒク(注:肺が弱くてヒックヒックと咳をしていたので、私が命名していた)の美智恵です。昨日はお見舞いにお越し頂きありがとうございました。6時までには帰ってくる予定で買い物に出たのですが、トロイ私のことですから、ヘルパーさんの交代時間になってしまい、遅くなってしまいました。先生にお会いできず残念でした。姉が通訳者になり(笑)、父と昔話に花が咲いたと聞きました。父も嬉しかったと思います。本当にありがとうございました。
覚悟はしていたつもりでしたが、今、現実となっても、まったく覚悟できてなかったことに気付かされ、美由紀姉の存在の大きさを痛感しています。
4月26日の朝、美由紀が亡くなったとの知らせを、美智恵から受けた。「よく頑張ったねえ」というしか適切な言葉を思いつかなかった。
筋ジス病棟が発足してしばらくの間は、死という言葉はタブーだった。一緒に入院した仲間が死んだとき、看護婦さんが言った。「急に退院することになってね、お家に帰ったの」と・・・。エーツと思いながらも大きな疑問は抱くことなく暮らしていた。あれからどれだけの時間が流れただろうか。何人の友との別れがあっただろう。悲しいけどそれが現実なら受け入れていかなければならない。しかしわかっていてもやり切れない時がある。どの友との別れも辛く悲しいが、なかでもあの娘との別れは今でも胸が痛むものがある。
中学卒業を目前に控え、逝ってしまったあの娘。まさかあんなに早く逝ってしまうとは思いもよらなかった。看護婦さんに呼ばれて行った時は、あの娘の意識は遠のいていくところだった。「美由紀姉ちゃんだよ。わかる?」そう言った時、私の手をギュゥギュッとありったけの力を込めて握ってくれた。あの手のぬくもりを私は忘れることはないだろう。そしてあの娘の最期の瞬間までそばにいさせてもらえたことを感謝したい。
あの娘とは、1990年に亡くなった南聡子のことだろう。聡子の死については、私も鮮明に覚えている。叔母さんが聡子のために用意してくれていた純白のウエディングドレスに包まれた小さな躯は神々しいほどに美しかったことを。同じ時期に大学病院に入院していた弟も状態が悪くなり、お母さんは聡子の傍に付き添えなかったが、懸命に耐えていた。私もこの二人を思い出すたびに、故郷の甑島に自生するカノコユリを思い出す。
(2014/4/21)妹の美智恵からのメール
いつもお世話になります。ヒクヒク(注:肺が弱くてヒックヒックと咳をしていたので、私が命名していた)の美智恵です。昨日はお見舞いにお越し頂きありがとうございました。6時までには帰ってくる予定で買い物に出たのですが、トロイ私のことですから、ヘルパーさんの交代時間になってしまい、遅くなってしまいました。先生にお会いできず残念でした。姉が通訳者になり(笑)、父と昔話に花が咲いたと聞きました。父も嬉しかったと思います。本当にありがとうございました。
覚悟はしていたつもりでしたが、今、現実となっても、まったく覚悟できてなかったことに気付かされ、美由紀姉の存在の大きさを痛感しています。
4月26日の朝、美由紀が亡くなったとの知らせを、美智恵から受けた。「よく頑張ったねえ」というしか適切な言葉を思いつかなかった。
