Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

VSED(2018/02/16) 

「終末期の高齢者ら救急蘇生中止54件…家族要望」(読売新聞)という見出しに続いて、次のような記事である。
 延命治療を望まない終末期の高齢者らが心肺停止となり、駆け付けた救急隊員がいったん開始した蘇生処置を中止した事例が、全国主要20消防機関で2017年末までの3年間に少なくとも54あったことが、読売新聞の調査でわかった。
   蘇生中止に関する国の規定はなく、各地の消防機関で対応が分かれていた。救急現場からは統一的なルールを求める声が上がった。・・・
   皆さんはVSEDという略語、ご存知だろうか。「Voluntarily  Stopping Eating and Drinking」のことで、「自力で食べることが可能にもかかわらず、点滴や飲食を拒む行為」という事だそうである。
 先日の日経新聞によると「終末期医療に携わる医師の約3割が、患者が自らの意思で飲食せず死を早めようとする行為に直面したことがある」と答えているという(日本緩和医療学会と日本在宅医療学会の専門家グループ)。
 もう10年近く前に口腔がんで亡くなった私の義父(循環器内科医師)は、がんと告知されてからも一度も落ち込んだような様子は見せずに泰然とした姿勢で2年余り闘病したが、亡くなる前には「何もしなくてよか」と、一日一本の点滴すら望まなかった。今考えるとVSEDということになる。
 日本ではまだVSEDに対する議論は少ないが、欧米では医師がVSEDを容認すべきか、安楽死と共に倫理的な観点などから議論されているという。医師がVSEDを容認した場合、違法性があるかの結論はまだ出ていないようだ。
 ユーキャンを通して送ってもらった「山折哲雄講話集」を車中でよく聴いている。その中の第8巻「よりよい晩年のために」の項で、次のように語っている。
 私は、自分ならどのように臨終を迎えるかということを考えてきましたが、五十代のころからは、断食して最期を迎える「断食往生」をしたいと思うようになりました。穏やかな死を選びたいと思った時、これが自然に頭に浮かんで来たのです。
 そして「ねがわくは花の下にて死なん そのきさらぎのもち月の頃」という有名な歌があるが、西行が実際に歌の通りに往生を迎えられたのは、寿命を悟った西行がどうすれば自分が望みどおりに最期を迎えることができるかを考え、時間をかけて食のコントロールを実践したのではないかと推察している。・・・
 高齢社会に対応した法律の整備が求められている。