東京2往復(4)(2018/07/05)
・薄です。昨日は、オリーブでの美味しいお食事に、楽しく尽きないお話、ありがとうございました。福永先生、いつも鹿児島のお土産をありがとうございます。心のどこかで、「あっ、福永先生のあのお土産・・」と厚かましくも期待してしまう自分がいて、本当に困ったものです。早速、さつまあげを美味しくいただきました。ありがとうございました。
岡本さんの術後の回復されたお姿を拝見できたこと、安心しました。大変な手術だったかと思いますので、お顔をみるまでは信じられない思いでした。関根さん、戸島さんとは久しぶりにお目にかかれてうれしかったです。京都以来になりますでしょうか。小澤さんには、私の就職のご心配をしてくださり、ありがとうございます。今度お会いするときには、良い報告ができたらいいなと思います。
最後になりましたが、皆様に「花田春兆 その人と作品展」へのワンコインサポーターにご協力くださいまして、本当にありがとうございます。企画展のチラシ等ができましたらまた、皆様にご案内させていただきたいと考えております。
遅ればせながら、オリーブでのお食事会楽しく過ごさせていただき、ありがとうございました。
・昨年のオリーブ会は(1月の畠山さんを偲ぶ会、11月の新燃岳鎮火祈願、などありました)、参加できませんでしたので、今回久しぶりにお目にかかれました。みなさんが、お元気そうで、ことに岡本さんが飲めるほどに回復されていて、ほんとに感謝。初めましての巖淵さんという、新しい「血」が入って!何だかリフレッシュする思いです。これからも、よろしくお願いします。
巖淵さんは、手書きで名前を書かれる時もこのように書かれるのですか? 大変ですね。 さらに淵という字の書き順はどうなんだろうというのが昔からの疑問です。別便でご連絡いたしましたが、『死亡退院』を2冊もっていたので、一冊お送りしますね。
岡本さんのメールで、鹿児島の上野さんお二人もお達者で忙しくされているとのこと、何よりです。(戸島)
敏秀が亡くなって20年になるが、あの時の繋がりは今も続いている。有難いことである。
さて22日は朝7時過ぎに泊まっていた東横イン羽田空港を出発し、東急線の大鳥居駅から三田線に乗り換え、神保町駅で降りると、日本病院会の医療安全管理者養成講習会会場の「ベルサール神保町アネックス」には数分で行ける。今年の会場は一階で、快適なように思える。
会場に着き、控室に案内されると鮎沢先生が先に来られていた。今日はご自身の講義のほかに、司会もお願いしている。先生とは20年近くのお付き合いなので、「あうん」の呼吸である。
講習会は9時に始まり、末永副会長の挨拶の後、私は15分間のオリエンテーション(医療安全と人材育成)を行った。広い会場は後ろまでぎっしり一杯である。今回ビックリしたのは260人ほどの参加のうち120人を超える出席者が医師(出席者の内訳は医師120人、看護師96人、薬剤師23人、理学療法士12人、事務職7人、臨床工学技士9人、作業療法士4人、放射線技師5人、臨床検査技師5人)で占められていたことである。これまではせいぜい20人程度だったので、隔世の感がある。これも今年から医療安全対策地域連携加算が付いたことや日本病院会の「総合医」の要件で、医療安全と感染管理が重要視されたことの表れなのだろうか。
私は厚労省の講義を途中まで聞いたのち、会場を後にして空港に向かった。
岡本さんの術後の回復されたお姿を拝見できたこと、安心しました。大変な手術だったかと思いますので、お顔をみるまでは信じられない思いでした。関根さん、戸島さんとは久しぶりにお目にかかれてうれしかったです。京都以来になりますでしょうか。小澤さんには、私の就職のご心配をしてくださり、ありがとうございます。今度お会いするときには、良い報告ができたらいいなと思います。
最後になりましたが、皆様に「花田春兆 その人と作品展」へのワンコインサポーターにご協力くださいまして、本当にありがとうございます。企画展のチラシ等ができましたらまた、皆様にご案内させていただきたいと考えております。
遅ればせながら、オリーブでのお食事会楽しく過ごさせていただき、ありがとうございました。
・昨年のオリーブ会は(1月の畠山さんを偲ぶ会、11月の新燃岳鎮火祈願、などありました)、参加できませんでしたので、今回久しぶりにお目にかかれました。みなさんが、お元気そうで、ことに岡本さんが飲めるほどに回復されていて、ほんとに感謝。初めましての巖淵さんという、新しい「血」が入って!何だかリフレッシュする思いです。これからも、よろしくお願いします。
巖淵さんは、手書きで名前を書かれる時もこのように書かれるのですか? 大変ですね。 さらに淵という字の書き順はどうなんだろうというのが昔からの疑問です。別便でご連絡いたしましたが、『死亡退院』を2冊もっていたので、一冊お送りしますね。
岡本さんのメールで、鹿児島の上野さんお二人もお達者で忙しくされているとのこと、何よりです。(戸島)
敏秀が亡くなって20年になるが、あの時の繋がりは今も続いている。有難いことである。
さて22日は朝7時過ぎに泊まっていた東横イン羽田空港を出発し、東急線の大鳥居駅から三田線に乗り換え、神保町駅で降りると、日本病院会の医療安全管理者養成講習会会場の「ベルサール神保町アネックス」には数分で行ける。今年の会場は一階で、快適なように思える。
会場に着き、控室に案内されると鮎沢先生が先に来られていた。今日はご自身の講義のほかに、司会もお願いしている。先生とは20年近くのお付き合いなので、「あうん」の呼吸である。
講習会は9時に始まり、末永副会長の挨拶の後、私は15分間のオリエンテーション(医療安全と人材育成)を行った。広い会場は後ろまでぎっしり一杯である。今回ビックリしたのは260人ほどの参加のうち120人を超える出席者が医師(出席者の内訳は医師120人、看護師96人、薬剤師23人、理学療法士12人、事務職7人、臨床工学技士9人、作業療法士4人、放射線技師5人、臨床検査技師5人)で占められていたことである。これまではせいぜい20人程度だったので、隔世の感がある。これも今年から医療安全対策地域連携加算が付いたことや日本病院会の「総合医」の要件で、医療安全と感染管理が重要視されたことの表れなのだろうか。
私は厚労省の講義を途中まで聞いたのち、会場を後にして空港に向かった。
