Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

健診模様(34)いろいろな話(2018/08/23) 

自分の知らない世界の話を聞けるのは楽しいものである。一般健診でもその気になれば、診察しながらかなりの話ができる。
   45歳の、陽に焼けた精悍な顔立ちの男性である。
   「お仕事は?」と訊ねると、「漁師です。定置網を主にやっています」と言われる。指宿の漁協に属していて、お祖父さんの代から漁業を生業にしているという。現在、指宿の漁協が40人、岩本漁協(今和泉)が100人だったが、現在は合併している。
   「どのような魚が獲れるんですか」と聞くと、「現在はアジです。時にタイもかかりますが。シーズンによっては湾外に出て、地引網で400メートルの深さのエビを獲っています」。
   「私は青魚が好きで、特にアジが好きです。先日は友だちから郷里のアジの開きをもらいましたが、大変おいしいでした」と言うと、「私も8時半ごろには、道の駅に卸していますので・・・」と言うことだが、買にいくには遠すぎる。
   私の母方のお祖父さんはいろんな仕事をしていたが、網元で船も持っていた。そのため、昭和54年に鹿児島市立病院に勤めていた頃は、近くで旅館をしていた従兄の所に魚が届けられたと聞くと、歩いて食べに行っていたものである。竹で編んだ丸ザルに、獲りたての刺身が一杯に並べられており、ビールを飲みながら美味しく食べたものである。まだそのような悠長なことのできた時代だった。
   60代の小太り女性、「働いておられんですか」と訊ねると、「こども食堂で4か月ほどボランティアで働いていましたが、子供食堂そのものが店を閉じましたので、やめてしまいました」と言われる。
   子ども食堂に興味がったので診察の傍ら、いろいろ聞いてみた。
   昨年4月にある篤志家の援助で、平日の朝、5時から10時まで居酒屋を借りて「子どもに朝食を提供したい」との思いで始められたという。食材も無料で提供してくださる農家の畑(頴娃町辺りまで行かれることもあったという)に車で取りに行って、翌朝、4時半ごろから炊き立てのご飯とみそ汁、納豆、おしんこなどを100円で提供してきた。ところが来られるのは近所の爺さんや婆さんで、「ジジババ食堂」になってしまった。「鹿児島では子供の朝食を『こども食堂』にお願いするのは、はばかりもあるんでしょうね。マスコミの取材の時だけ、子どもを集めるような状況になったんです。そんなわけで。一年足らずで止めてしまいました」という。夢と現実、マスコミ報道も真実とはかけ離れていることもある、ということである。