Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

健診模様(55)さまざまな偶然(2019/06/18) 

55歳のちょっと太めの、にこやかに見受けられる女性である。
   誕生日が7月7日となっている。「七夕の日の生まれなんですね」と話を向ける。そしてそのまま問診票の体重の数字を見ると、77.7キログラムとなっている。偶然とはいえちょっと出来過ぎではないか、77.6キロのところをちょっと小細工して7としたのではないかと思って、松ちゃんにただしてみる(その松ちゃんもこの6月で退職される)。器械からプリントアウトされた小さな紙を出して、「77.7だったんですよ」としてやったりの表情である。
   「当たっちゃいましたね。すべてが喜ばしい数字なんですが・・・パチンコならラッキーセブンというところですが、標準体重からしますと20キロほどオーバーですね」と話しかける。「こんなに太ってしまったとは思いませんでした。嬉しくも何もないですね。頑張って、減らします」と言いながら部屋を出て行かれた。
   40代前半の女性、既往歴の欄に「38歳、てんかん」と書かれている。
   てんかんの発作が38歳とは遅いと思ったので聞いてみた。「小学校の時に髄膜炎をしました。その後何もなかったのですが、38歳の時、パチンコ屋さんで発作が起きました。病院で光による発作だろうと言われました」「そしたら、もうパチンコは止めたんでしょう」と聞き返すと、「それがですね、回数は減ったんですけど・・・サングラスと耳栓をしてやってます」ですって。
   「そこまでして、やらんでもいいんじゃない」とちょっと皮肉っぽく言うことだった。
   思いがけないつながりがあるものである。
   仙腸関節センターでのリハビリ前の内科診察である。団塊の世代の男性だったので、「お生まれはどこですか」と聞いてみると「隼人です」ということである。「腰が痛くて・・・筋ジスではないかと心配で・・・」と言われたので、ひょっとして「Nさんの息子さんですか」と聞いてみると、「そうですが、どうしてご存知なのですか」ということになった。
   昭和58年(1983年)に大学の第三内科で筋ジストロフィー(筋生検で成人発病の良性の筋ジスで住まいは隼人だった)の男性を診察したことがあった。「来年の4月から南九州病院に異動になる予定ですので、経過観察は南九州病院で致しましょう」ということになった。ところがこの男性は、この年の12月に61歳で自宅で急逝された。
   そのあと、この男性の奥さん、子どもさん、その孫までと、4代にわたる「かかりつけ医」的な関係になり、事あるごとに相談を受けることになった。
   当初、私はこの内科診察をした男性をNさんの子どもだと思っていた。しかしよくよく考えてみると、Nさんからすれば甥(兄の子ども)であることがわかった。Nさんの兄もNさんと同じ病状があり、しばらくして亡くなられたようである。
   Nさんはずっと「筋ジスではないか」と心配されていたようで、「年齢や症状を考えると、筋ジスによる痛みではありません」と説明すると、ホッとしたような表情を浮かべて「ありがとうございました」と何度も言われた。