近畿鶴陵会総会(後)(2019/06/14)
その後は、あらかじめ送っていた抄録に沿うような形で話をすることにした。
私の人生の(難病)物語(抄録)
人には誰しも、それぞれに人生の物語がある。その歩みは偶然やご縁で変わってくるものである。
私にとっては、ある偶然から神経難病との関わりが始まり、研究面でも臨床家としても、また最終的には国の「難病法」の制定という一つの事業につながった。
30年余りの筋ジストロフィー病棟での仕事の中で、患者さんから「いのち」について教えてもらった気がする。また現在、難病相談支援センターで「難病相談」にあたっているが、「幸せのかたち」もいろいろであることがわかった。
思い起こせば、多くの素晴らしい師に出会うことができた。
神経内科を志すきっかけになった井形昭弘先生、メイヨークリニック留学中のアンドリュー・エンゲル先生、そして難病法の成立に向けて同じ志を持つことができた金澤一郎先生である。井形先生にはプラス思考を、エンゲル先生には問題解決型思考を、金澤先生には「たとえ難病でも社会参加と共生社会の実現」というテーマを頂いた。
平均寿命を考える時、残された人生もわずかなものになってきた。ここ6年余り、急性期医療に携わってきたが、最後の人生は再び「難病の世界」に身を置きたいと考えている。
講演は人数が少なかったこともあり、アットホームな雰囲気で、おおむね好評のようだったようである。支部長で、真摯に対応してもらった中尾誠先生からは以下のようなメールをいただいた。
昨日は素晴らしいご講演をありがとうございました。私の人生の(難病)物語、大変感銘を受けました。難病患者さんとの接し方等、大いに勉強になりました。はるばる来ていただいたのに大したおもてなしも出来ませんでお許しください。
数年前に拝聴しました故井形先生の講演を彷彿させるようなお話で、第3内科の伝統でしょうか?難病法制定にご尽力を尽くされた経緯、先の天皇陛下に講義をされたご様子等、特に面白く聴かせて頂きました。先生の益々のご活躍を祈念いたします。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。
講演の後、鶴陵会会長の高松先生が鹿児島大学の近況の報告と古川先生の事例報告、そして懇親会となった。
乾杯に続いて歓談となり、途中で一人ひとりの近況報告が話された。それぞれに含蓄があり、楽しかった。
私のテーブルは同級生の松村君、大鶴君、そしてほぼ半世紀ぶりの再会となった大森夫妻、古川先生、そして会長の高松先生である。古川先生は兄の同級生で、社会医学研究会の先輩でもある。松村君は一外科の出身だが「先生は行く先々でいい上司に恵まれましたね」と話してくれたが、確かにそのように思っている。若い先生方(と言っても、58年卒)のテーブルでは、佐々木先生、日村先生(女医さんがた)が、川内先生と同級生のようで「川内君・・・」と話されていたのが印象に残った。幾つになっても君付けは、同級生の特権である。
21時頃に「北辰斜に」をみんな輪になって肩を組んで歌って終了となった。
私の人生の(難病)物語(抄録)
人には誰しも、それぞれに人生の物語がある。その歩みは偶然やご縁で変わってくるものである。
私にとっては、ある偶然から神経難病との関わりが始まり、研究面でも臨床家としても、また最終的には国の「難病法」の制定という一つの事業につながった。
30年余りの筋ジストロフィー病棟での仕事の中で、患者さんから「いのち」について教えてもらった気がする。また現在、難病相談支援センターで「難病相談」にあたっているが、「幸せのかたち」もいろいろであることがわかった。
思い起こせば、多くの素晴らしい師に出会うことができた。
神経内科を志すきっかけになった井形昭弘先生、メイヨークリニック留学中のアンドリュー・エンゲル先生、そして難病法の成立に向けて同じ志を持つことができた金澤一郎先生である。井形先生にはプラス思考を、エンゲル先生には問題解決型思考を、金澤先生には「たとえ難病でも社会参加と共生社会の実現」というテーマを頂いた。
平均寿命を考える時、残された人生もわずかなものになってきた。ここ6年余り、急性期医療に携わってきたが、最後の人生は再び「難病の世界」に身を置きたいと考えている。
講演は人数が少なかったこともあり、アットホームな雰囲気で、おおむね好評のようだったようである。支部長で、真摯に対応してもらった中尾誠先生からは以下のようなメールをいただいた。
昨日は素晴らしいご講演をありがとうございました。私の人生の(難病)物語、大変感銘を受けました。難病患者さんとの接し方等、大いに勉強になりました。はるばる来ていただいたのに大したおもてなしも出来ませんでお許しください。
数年前に拝聴しました故井形先生の講演を彷彿させるようなお話で、第3内科の伝統でしょうか?難病法制定にご尽力を尽くされた経緯、先の天皇陛下に講義をされたご様子等、特に面白く聴かせて頂きました。先生の益々のご活躍を祈念いたします。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。
講演の後、鶴陵会会長の高松先生が鹿児島大学の近況の報告と古川先生の事例報告、そして懇親会となった。
乾杯に続いて歓談となり、途中で一人ひとりの近況報告が話された。それぞれに含蓄があり、楽しかった。
私のテーブルは同級生の松村君、大鶴君、そしてほぼ半世紀ぶりの再会となった大森夫妻、古川先生、そして会長の高松先生である。古川先生は兄の同級生で、社会医学研究会の先輩でもある。松村君は一外科の出身だが「先生は行く先々でいい上司に恵まれましたね」と話してくれたが、確かにそのように思っている。若い先生方(と言っても、58年卒)のテーブルでは、佐々木先生、日村先生(女医さんがた)が、川内先生と同級生のようで「川内君・・・」と話されていたのが印象に残った。幾つになっても君付けは、同級生の特権である。
21時頃に「北辰斜に」をみんな輪になって肩を組んで歌って終了となった。
