平成から令和の時代に(6)(2019/05/20)
天香園会長の岡田誠氏は、平成27年6月18日に、両陛下が私的なご旅行でさくらんぼ狩りにお立ち寄りいただいた時のご様子を書かれている。
摘まれる時、一回一回「これ収穫していいですか」と気を遣って私どもにお尋ねになるので、うちの女房が「どんどん収穫してください。さくらんぼも両陛下をお待ちしていました」とお伝えすると、15分ほどかけて、お二人で80粒ほど収穫されました。以前からさくらんぼ狩りにご興味があったそうで、終始ニコニコされていました。
その後、応接間で20分ほど、お茶をしながら世間話をさせていただきました。天皇陛下は「皇居にも佐藤錦の木が2本ありますが、一粒二粒しかならなくて鳥に先に食べられてしまう」と仰っていました。
昼食前なので迷いましたが、当園のさくらんぼを食べていただきたくお出ししたら、お二人の笑顔がさらに輝いたのを忘れられません。月山錦という黄色の品種には「あらー」と驚いておられました。皇后さまがわざわざ作られたという種を出すための紙袋を皆に配っていただいて、今度は我々の方が、馴染みにないものに驚きました(終)。
両陛下はさくらんぼがお好きなようである。この二人の「さくらんぼ」にまつわる話を読みながら、私が昔書いた「むべなるかな」という一文を思い出した。
2004年に刊行した「病む人に学ぶ」(日総研出版)の中に、「むべなるかな」というタイトルで触れたことがある。
鹿児島では「うんべ」という呼び名が一般的で、私は小学校の頃は寒村に住んでいたので、秋になるとよく取りに行った懐かしい果物である。
文献的には天智天皇が近江の国に狩りに出かけたとき、8人の男子を持つ健康な老夫婦に出会った。長寿の秘訣を聞いたところ、「毎年秋にこの果実を食するからです」と答えたらしい。賞味した天皇も「むべなるかな」と得心し、その後現代に至るまで、毎年朝廷に献上されているそうである。きっと美智子皇后も皇居の縁側で、種を「ぺっぺっ」と吐き出しながら食しているかもしれない。
(お二人の文章から、皇后陛下はきちんと紙の筒に入られていることがわかった)。
私も2012年12月10日、明治記念館で人事院総裁賞の授与式の後、皇居で両陛下とお話をする機会を持つことができた。今振り返ると「めっそうもない」幸運だったことになる(授与式まで同行していただいた当時の国立病院機構桐野高明理事長(現佐賀県医療センター好生館理事長)からは、『学者で両陛下に親しくお会いできてお話しできることはそうそうないんだよ』と言われた)。)
当時、書いたものの一部を再録する。
14時15分に、マイクロバスで皇居へと向かった。以前は二人ずつお召しの車で行かれたようであるが、今回はご一行様ということになりこれも経費節減の一環かもしれない。どうせなら二重橋から皇居に入りたかったが、工事中ということで皇居前広場を突き抜けて、坂下門から「北車寄」に到着した。そこで制服に身を固めた宮内庁の職員が恭しく出迎えてくれた。階段を登るといよいよ宮殿の入り口となる「北溜(きただまり)」である。天井がやけに高く、中央にはクリスタルガラスを散りばめたシャンデリアが2基下がっており、入り口の横には馬に乗った天女の銅像が置いてあった。インターネットで調べると、この北溜は山口県産松葉石(黒御影石)・熊本県産市房杉・宮崎県産日向松・沖縄県産勝連(大理石)などが使用されているという。
摘まれる時、一回一回「これ収穫していいですか」と気を遣って私どもにお尋ねになるので、うちの女房が「どんどん収穫してください。さくらんぼも両陛下をお待ちしていました」とお伝えすると、15分ほどかけて、お二人で80粒ほど収穫されました。以前からさくらんぼ狩りにご興味があったそうで、終始ニコニコされていました。
その後、応接間で20分ほど、お茶をしながら世間話をさせていただきました。天皇陛下は「皇居にも佐藤錦の木が2本ありますが、一粒二粒しかならなくて鳥に先に食べられてしまう」と仰っていました。
昼食前なので迷いましたが、当園のさくらんぼを食べていただきたくお出ししたら、お二人の笑顔がさらに輝いたのを忘れられません。月山錦という黄色の品種には「あらー」と驚いておられました。皇后さまがわざわざ作られたという種を出すための紙袋を皆に配っていただいて、今度は我々の方が、馴染みにないものに驚きました(終)。
両陛下はさくらんぼがお好きなようである。この二人の「さくらんぼ」にまつわる話を読みながら、私が昔書いた「むべなるかな」という一文を思い出した。
2004年に刊行した「病む人に学ぶ」(日総研出版)の中に、「むべなるかな」というタイトルで触れたことがある。
鹿児島では「うんべ」という呼び名が一般的で、私は小学校の頃は寒村に住んでいたので、秋になるとよく取りに行った懐かしい果物である。
文献的には天智天皇が近江の国に狩りに出かけたとき、8人の男子を持つ健康な老夫婦に出会った。長寿の秘訣を聞いたところ、「毎年秋にこの果実を食するからです」と答えたらしい。賞味した天皇も「むべなるかな」と得心し、その後現代に至るまで、毎年朝廷に献上されているそうである。きっと美智子皇后も皇居の縁側で、種を「ぺっぺっ」と吐き出しながら食しているかもしれない。
(お二人の文章から、皇后陛下はきちんと紙の筒に入られていることがわかった)。
私も2012年12月10日、明治記念館で人事院総裁賞の授与式の後、皇居で両陛下とお話をする機会を持つことができた。今振り返ると「めっそうもない」幸運だったことになる(授与式まで同行していただいた当時の国立病院機構桐野高明理事長(現佐賀県医療センター好生館理事長)からは、『学者で両陛下に親しくお会いできてお話しできることはそうそうないんだよ』と言われた)。)
当時、書いたものの一部を再録する。
14時15分に、マイクロバスで皇居へと向かった。以前は二人ずつお召しの車で行かれたようであるが、今回はご一行様ということになりこれも経費節減の一環かもしれない。どうせなら二重橋から皇居に入りたかったが、工事中ということで皇居前広場を突き抜けて、坂下門から「北車寄」に到着した。そこで制服に身を固めた宮内庁の職員が恭しく出迎えてくれた。階段を登るといよいよ宮殿の入り口となる「北溜(きただまり)」である。天井がやけに高く、中央にはクリスタルガラスを散りばめたシャンデリアが2基下がっており、入り口の横には馬に乗った天女の銅像が置いてあった。インターネットで調べると、この北溜は山口県産松葉石(黒御影石)・熊本県産市房杉・宮崎県産日向松・沖縄県産勝連(大理石)などが使用されているという。
