10連休(前)(2019/05/07)
平成から令和にかけて4月27日から5月6日までの10日間、大型連休が組まれた。10連休と聞いた時にはにわかに信じられなかったが、終わってみれば瞬く間のようでもある。ただ病院の多くは当院同様、5月1日の改元の日の前後は普通の診療日とした病院が多かったようである。私は旅行にも出かけなかったので、いつものように朝早く病院に出勤し、一日のスタートを切るというルーチンな生活は変わらなかった。
私的には前半は山口から帰省した孫たちと、中盤は久留米からの孫たちと、そして終盤は夫婦二人で過ごすという生活になった。
娘と孫は山口から新幹線で4月26日の金曜日にやってきた。27日は家の前の中央公園で開催されたKYT 天テレ博で遊んだ後、黎明館のカフェレストラン『城山シーズニング』で昼食をとった。昼からは娘は友だちと会うということで、孫二人を連れて親子集いの広場「なかまっち」で過ごした。芽生ちゃんは仲良くなった友だちと楽しそうに遊んでいたが、隼生君はずっとベビーカーで眠っていた。私は「なかまっち」の備え付けの本棚から五木寛之の「養生書」などを取り出して読みながら過ごした。26日南日本新聞の「すいもあまいも」で、「健康は快楽習慣との闘い」としたのはちょっときつかったかなと思いながら。人それぞれの健康法があり、これと決まったものはないというのが本当で、もちろん運不運もある。
28日は娘たちは霧島の弟の別荘に、職場時代の友だちと遊びに行ったので、ちょっと息抜きに。29日に帰ってきたので、昼はくら寿司に。予約していたのでスムースには入れた。そして翌日30日の夕方に山口へと帰って行った。出産後に入院した隼生君も来月には3歳になる。
30日は出勤日で、外来で診ていたパーキンソン病の患者さんが発熱、大事を取って入院することになり、主治医を上ノ町先生に頼んだところ快く引き受けてくれた。
5月1日に、娘たちと入れ替わるように、息子夫婦と子供たちが同じように新幹線でやってきた。いつも息子は自家用車で来ることが多いが、渋滞を考えて新幹線を選んだようである。その夜は天文館の源氏で豚肉しゃぶしゃぶを、かねて懇意にしている社長が気を使ってくれていた。
2日は山形屋広場での2019年天文館フェステバルで、子供たちはさまざまな遊戯で楽しそうに遊んでいた。タンゴ君はやはり男の子、活動的な遊びがお気に入りである。レンゴ君ももうすぐ2歳、次男は兄の真似ができるので発育が早いようだ。夜はアミュプラザの「うまや」で食事をして、そのまま新幹線で帰って行った。
私的には前半は山口から帰省した孫たちと、中盤は久留米からの孫たちと、そして終盤は夫婦二人で過ごすという生活になった。
娘と孫は山口から新幹線で4月26日の金曜日にやってきた。27日は家の前の中央公園で開催されたKYT 天テレ博で遊んだ後、黎明館のカフェレストラン『城山シーズニング』で昼食をとった。昼からは娘は友だちと会うということで、孫二人を連れて親子集いの広場「なかまっち」で過ごした。芽生ちゃんは仲良くなった友だちと楽しそうに遊んでいたが、隼生君はずっとベビーカーで眠っていた。私は「なかまっち」の備え付けの本棚から五木寛之の「養生書」などを取り出して読みながら過ごした。26日南日本新聞の「すいもあまいも」で、「健康は快楽習慣との闘い」としたのはちょっときつかったかなと思いながら。人それぞれの健康法があり、これと決まったものはないというのが本当で、もちろん運不運もある。
28日は娘たちは霧島の弟の別荘に、職場時代の友だちと遊びに行ったので、ちょっと息抜きに。29日に帰ってきたので、昼はくら寿司に。予約していたのでスムースには入れた。そして翌日30日の夕方に山口へと帰って行った。出産後に入院した隼生君も来月には3歳になる。
30日は出勤日で、外来で診ていたパーキンソン病の患者さんが発熱、大事を取って入院することになり、主治医を上ノ町先生に頼んだところ快く引き受けてくれた。
5月1日に、娘たちと入れ替わるように、息子夫婦と子供たちが同じように新幹線でやってきた。いつも息子は自家用車で来ることが多いが、渋滞を考えて新幹線を選んだようである。その夜は天文館の源氏で豚肉しゃぶしゃぶを、かねて懇意にしている社長が気を使ってくれていた。
2日は山形屋広場での2019年天文館フェステバルで、子供たちはさまざまな遊戯で楽しそうに遊んでいた。タンゴ君はやはり男の子、活動的な遊びがお気に入りである。レンゴ君ももうすぐ2歳、次男は兄の真似ができるので発育が早いようだ。夜はアミュプラザの「うまや」で食事をして、そのまま新幹線で帰って行った。
