白内障の手術(3)(2018/05/10)
術後に血圧を図り、左の目に包帯を幾重にも貼り付けられる。ちょっと足取りが心もとないので、看護師さんに支えられて6階の病室に戻った。そこで今後の療養予定などの説明を受ける。また2500円の防水用のメガネも買ったが、ほとんど使うことはなかった。しばらく家内が付き添い、以降はずっと(夕方家内が食事の差し入れをしてくれた以外)部屋で一人きりとなる。パソコンを持参したが、片目でボードを叩くのは無理なようで、テレビを見たり、その場足踏みで歩数を稼いだりするが、実に退屈な時間である。毎日あくせくと仕事をしているときには感じないが、格別な趣味もなく仕事が趣味のような生活を送ってきた私には、暇な時間がたっぷりあったりすると戸惑いを感じてしまう。
ここぞとばかり、先日食道がんの手術をされた東京の岡本さんと電話でゆっくりと話をする。
それにしても外科手術の進歩には驚かされる。2月に手術されて、多少のトラブルもあったが順調な回復で、水を飲んでもむせなくなったという。発声も術後はきつそうだったが、今は電話の声もほぼ普通に戻っている。昔の食道がん手術を考えれば、隔世の感がある。この6月に私が上京するときに合わせて、麻布十条のオリーブで快気祝いを計画している。きっと元気に出席できそうで、楽しい集まりになりそうである。
また18時半頃に山口の娘から、「玉が出てきた」という電話を受けてホッとする。実は先週末に親戚の結婚式への参加のついでに木下サーカスを観覧、月曜日の朝、山口に帰っていった。その朝(月曜日)、芽生ちゃんが道路で拾っていた色の付いたパチンコ玉を、隼生君が飲み込んだというのである。近くの小児科を受診したらレントゲンがないということで、中央駅近くの池田小児科を紹介され、胸部のレントゲンを撮ってもらったという。幸い、胸部には入っていなかったようで、「数日したら便と一緒に出てくると思いますよ」という説明を受けて帰ってきたという。
私にも連絡を取ろうとしたらしいが、あいにくマナーモードにしていたので気が付かなかった。やっと連絡が取れたので、いつも心配になった時には相談させてもらっている「主治医」の河野小児科教授に聞いてみることにした。「リチウムなどのボタン電池だと問題がありますが、パチンコ玉くらいの大きさだったら、そのうちに出てくるんじゃないですか」という話を聞いて安心した。
夜は寝た時の姿勢のこと(仰向けか、左目を上にして寝る)を言われていたためか、寝付かれずに困ったが、そのうちに寝てしまったようである。少し痒みを感じたりしたが、特に痛みはないまま、抗生物質など内服して翌朝を迎えた。
6時過ぎに師長さんが病室まで来てくれて、左目の眼帯(絆創膏で貼ってある)を取ってくれた。「どうですか」と言われて外を見たが、「世の中の景色が変わったようというほどの感激はないですね」と率直に答える。よくよく考えてみれば、当然な結末である。ヒトの目のレンズである水晶体は、若いころはカタチが変化し、近くを見るときは分厚くなり、逆に遠くを見るときは薄くなる。凸レンズは厚みが大きくなると屈折率も大きくなり、近距離で焦点を結ぶわけである。逆に薄くなると屈折率は小さくなって、焦点も遠くなる。このように厚みを変えることでピントを合わせて、鮮明な画像が網膜に結ぶという理屈である。ところが人工の眼内レンズは形が固定しているので、一定の距離しか鮮明な像は結ばない訳である。若いころの水晶体は伸縮自在な訳で、人間の体の素晴らしさにあらためて驚いてしまう。私のように近視が強いと、「劇的な変化」を感じ取れないのかも知れない。恐らく老眼で、水晶体のみが混濁した人は取り替えることで、劇的な感動を得るのかも知れない。ただ鏡に近づいて自分の顔を見てみると、今まで気づかなかった皺やシミなどが鮮明に見えてしまった、「いやだなあ」と思ったのも正直な感想である。
ここぞとばかり、先日食道がんの手術をされた東京の岡本さんと電話でゆっくりと話をする。
それにしても外科手術の進歩には驚かされる。2月に手術されて、多少のトラブルもあったが順調な回復で、水を飲んでもむせなくなったという。発声も術後はきつそうだったが、今は電話の声もほぼ普通に戻っている。昔の食道がん手術を考えれば、隔世の感がある。この6月に私が上京するときに合わせて、麻布十条のオリーブで快気祝いを計画している。きっと元気に出席できそうで、楽しい集まりになりそうである。
また18時半頃に山口の娘から、「玉が出てきた」という電話を受けてホッとする。実は先週末に親戚の結婚式への参加のついでに木下サーカスを観覧、月曜日の朝、山口に帰っていった。その朝(月曜日)、芽生ちゃんが道路で拾っていた色の付いたパチンコ玉を、隼生君が飲み込んだというのである。近くの小児科を受診したらレントゲンがないということで、中央駅近くの池田小児科を紹介され、胸部のレントゲンを撮ってもらったという。幸い、胸部には入っていなかったようで、「数日したら便と一緒に出てくると思いますよ」という説明を受けて帰ってきたという。
私にも連絡を取ろうとしたらしいが、あいにくマナーモードにしていたので気が付かなかった。やっと連絡が取れたので、いつも心配になった時には相談させてもらっている「主治医」の河野小児科教授に聞いてみることにした。「リチウムなどのボタン電池だと問題がありますが、パチンコ玉くらいの大きさだったら、そのうちに出てくるんじゃないですか」という話を聞いて安心した。
夜は寝た時の姿勢のこと(仰向けか、左目を上にして寝る)を言われていたためか、寝付かれずに困ったが、そのうちに寝てしまったようである。少し痒みを感じたりしたが、特に痛みはないまま、抗生物質など内服して翌朝を迎えた。
6時過ぎに師長さんが病室まで来てくれて、左目の眼帯(絆創膏で貼ってある)を取ってくれた。「どうですか」と言われて外を見たが、「世の中の景色が変わったようというほどの感激はないですね」と率直に答える。よくよく考えてみれば、当然な結末である。ヒトの目のレンズである水晶体は、若いころはカタチが変化し、近くを見るときは分厚くなり、逆に遠くを見るときは薄くなる。凸レンズは厚みが大きくなると屈折率も大きくなり、近距離で焦点を結ぶわけである。逆に薄くなると屈折率は小さくなって、焦点も遠くなる。このように厚みを変えることでピントを合わせて、鮮明な画像が網膜に結ぶという理屈である。ところが人工の眼内レンズは形が固定しているので、一定の距離しか鮮明な像は結ばない訳である。若いころの水晶体は伸縮自在な訳で、人間の体の素晴らしさにあらためて驚いてしまう。私のように近視が強いと、「劇的な変化」を感じ取れないのかも知れない。恐らく老眼で、水晶体のみが混濁した人は取り替えることで、劇的な感動を得るのかも知れない。ただ鏡に近づいて自分の顔を見てみると、今まで気づかなかった皺やシミなどが鮮明に見えてしまった、「いやだなあ」と思ったのも正直な感想である。
