Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

おしんの再放送(2019/05/10) 

連続テレビ小説「おしん」の再放送が、4月1日よりBS3で7時15分から始まった。一年間続くそうである。
        最初の放送は1983年(昭和58年)4月4日から1984年(昭和59年)3月31日まで放送されていたそうで、ちょうど36年前になる。1983年4月というと私はまだアメリカ留学中で、この年の7月に帰国している。ドラマのあらすじも大方知っているが、総集編かなにかで観たのかも知れない。当時の平均視聴率は52.6%で最高視聴率62.9%というから信じがたい数字である。東南アジアを中心に海外でも話題となり、「世界で最もヒットした日本のテレビドラマ」と言われている。作:橋田壽賀子 音楽:坂田晃一 語り:奈良岡朋子である。
         物語は1907年(明治40年)の春、明治も終わりにさしかかった山形の貧しい小作の娘・谷村しんの少女時代から始まる。
おしんの家は貧しい小作農の9人家族でその年、数え年で7歳になるおしんは、4月から小学校へ通うのを楽しみにしていた。ところが飢饉などで米がとれずに口減らしのために奉公に出されてしまう。キャストは少女期が小林綾子で、青春・成年期が田中裕子、中年から晩年が乙羽信子である。
このドラマでは、それぞれの世代を重ねあわせながら観ているのではないだろうか。
         明治40年というと、私の父は明治45年の生まれだったので父のことを思い出してしまう。この頃の農村はいずこも貧しかったわけで、きっと父も似たような貧しさの中で、多くの方々の援助を受けながら師範学校に旅立ったのだろう。
        私自身の実体験での貧しさは、田舎の小学校に通っていた頃の昭和20年代に遡る。ただ貧しいといっても、戦後の何もない時代であったのでみんなが等しく貧しかったわけで、おおらかなで明るい貧しさだったように記憶している。今のように、貧富の差もさほどなかったのではないだろうか。
         4月8日はこのドラマでも最も象徴的なシーンとなっている。7歳のおしんは、米一俵と交換に年季奉公に出ることになった。奉公先に出発する朝、おしんを乗せたいかだが、雪深い最上川を下っていく時、母・ふじ(泉ピン子)は無言の涙でおしんを見送り、父・作造(伊東四朗)は、雪深いなかをいかだを追いかけながら、「おしん、すまねえ」と心の底からしぼりだした声で叫ぶ。
         6日の土曜日、病院の健診室で「おしん」のことが話題になった。今の若い人たちには是非観て欲しいドラマである。そんなに遠くない日本の現実を知ることは大事なことである。
         なお、NHKのBSでは「おしん」の後の番組は「なつぞら」で、少女期のおしん役の小林さんは「なつぞら」にも出演している。
         また橋田壽賀子が日経の5月の「私の履歴書」に登場している。橋田は2016年に「私は安楽死で逝きたい」と書いているが、1日の最後の部分は、「あと9日で94歳。天涯孤独」で締めくくっている。