どーんと鹿児島(後)(2019/02/08)
まさに「目の前の一人の方に対する思いによって人が繋がり、その繋がりが周囲を動かしていく、そして今後、重度の難病患者が住み慣れた在宅で暮らしていくための方策として、重度訪問介護事業を展開していく様子を丹念に追い続けたドキュメンタリー番組である。ともするとこの種の番組は、制作者の思い入れが過剰になり、変に感動的な物語に仕上げられることが多いが、今回は普通の目で構成されているのがよかった。またALS患者本人や家族、介護者の表情が豊かで、厳しい状況を感じさせないような笑顔だった。里中さんの人柄や、藤原さんの穏やかな語り口がそうさせたのだろう。
私は昨年の12月25日に、藤原さんから①ALSとはどういう病気なのか、 ②治療薬開発の現状は、③自宅介護の大変さ、 ④重度訪問介護のシステムを作る動きについてどう関わり、どう見ていらっしゃるか、ということでインタビューを受けていた。
翻ってみれば1985年に大口の下小園さんにお会いして思ったのが、ALSのような現在治療法のない病気の場合、患者や家族のためにも在宅で療養できる環境をつくっていくのがベターだと考えた。その考えが、新しい難病法で「社会参加と共生社会の実現」を理念として掲げたことでもある。
黒岩さんがMさんと表現された事例は私も強く印象に残っている。ご主人が一人で奥さんの看病にあたっていた。夜間も吸引の度に起きていた。眠れる時間は訪問看護の2時間だけ、という。せめてヘルパーの来る夜間の吸引をお願いできないものかと嘆願された。
留学中のボスだったエンゲル先生はProblem oriented(問題解決型思考とでも訳せようか)という言葉を使っておられた。「何か新しいことを始めたら常に問題が発生する。それを根気よく解決していくのが科学者の姿勢である」ということである。
そこで、ALS協会や神経学会(当時の理事長は故金澤一郎先生)のサポートもあり、2003年に厚労省医政局に「看護師等によるALS患者の在宅支援に関する分科会」が設立され、私もその委員の一人として参加した。結果的には、一定の条件(1)主治医か看護師から吸引方法の指導を受ける。2)患者自身が文書で同意する。3)主治医らとの緊急時の連絡支援体制の確保)で、ALS患者に非医療職による痰の吸引を認めることが決められた。
番組では日本ALS協会鹿児島県支部長の伊瀬知さんも紹介されていた。
伊瀬知さんからのメールには「本当に怖い病気ですね。私はALSと告知された時は『どうせなら頭も狂って欲しい』と思いました。里中さんは『福永先生が現役の内にNPO法人を軌道に乗せないとALSの明日はない!』とおっしゃいました」と記しているが、それは買い被りである。
ALSは病状は過酷であり、それでいて不思議な病気である。運動機能は完膚なまでにやられてしまうのに、精神機能が保たれる。このギャップが恐ろしいし、逆に感動を呼ぶのかも知れない。
私は昨年の12月25日に、藤原さんから①ALSとはどういう病気なのか、 ②治療薬開発の現状は、③自宅介護の大変さ、 ④重度訪問介護のシステムを作る動きについてどう関わり、どう見ていらっしゃるか、ということでインタビューを受けていた。
翻ってみれば1985年に大口の下小園さんにお会いして思ったのが、ALSのような現在治療法のない病気の場合、患者や家族のためにも在宅で療養できる環境をつくっていくのがベターだと考えた。その考えが、新しい難病法で「社会参加と共生社会の実現」を理念として掲げたことでもある。
黒岩さんがMさんと表現された事例は私も強く印象に残っている。ご主人が一人で奥さんの看病にあたっていた。夜間も吸引の度に起きていた。眠れる時間は訪問看護の2時間だけ、という。せめてヘルパーの来る夜間の吸引をお願いできないものかと嘆願された。
留学中のボスだったエンゲル先生はProblem oriented(問題解決型思考とでも訳せようか)という言葉を使っておられた。「何か新しいことを始めたら常に問題が発生する。それを根気よく解決していくのが科学者の姿勢である」ということである。
そこで、ALS協会や神経学会(当時の理事長は故金澤一郎先生)のサポートもあり、2003年に厚労省医政局に「看護師等によるALS患者の在宅支援に関する分科会」が設立され、私もその委員の一人として参加した。結果的には、一定の条件(1)主治医か看護師から吸引方法の指導を受ける。2)患者自身が文書で同意する。3)主治医らとの緊急時の連絡支援体制の確保)で、ALS患者に非医療職による痰の吸引を認めることが決められた。
番組では日本ALS協会鹿児島県支部長の伊瀬知さんも紹介されていた。
伊瀬知さんからのメールには「本当に怖い病気ですね。私はALSと告知された時は『どうせなら頭も狂って欲しい』と思いました。里中さんは『福永先生が現役の内にNPO法人を軌道に乗せないとALSの明日はない!』とおっしゃいました」と記しているが、それは買い被りである。
ALSは病状は過酷であり、それでいて不思議な病気である。運動機能は完膚なまでにやられてしまうのに、精神機能が保たれる。このギャップが恐ろしいし、逆に感動を呼ぶのかも知れない。
